【ヤハウェとスサノオ】2 つの神の類似と違いに見る日本人の徳性(前編)

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日本の中のユダヤ教

「ヤハウェ」とは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が唯一神として奉ずる神であり、「ヤーウェ」「エホバ」とも呼ばれる存在だ。ここでは「ヤハウェ」の呼称で統一するが、この神と日本神話に登場する「スサノオ」は、その性格が非常によく似通っている。

これについては、いわゆる「日ユ同祖論」を連想する人もいるだろう。日本人とユダヤ人のルーツが同一という説のことだが、さすがにこの2つの民族が人種的に近いとは考えにくい。

日ユ同祖論を強く支持する人がいるのは、日本の伝統の中にユダヤの宗教や文化と類似したものがあるからだが、これは別に不思議なことではないだろう。正倉院にペルシャから渡ってきた宝物が収められているのは有名で、日本神話がギリシャ神話に酷似していることも以前から指摘されてきた。つまり、ずっと昔から日本は西洋・中東世界と何らかの交流があったのだ。

2016年には沖縄でローマ帝国とオスマン帝国の貨幣が出土しており、シルクロードという形で、ユーラシア大陸を横断して日本へ至る交易路が古くから確立していたことがうかがえる。

そこで、古い時代にユダヤ教やユダヤ文化が日本に入ってきて、何らかの影響を残した可能性は否定できない。

モーセが定めた供犠の儀式に燔祭というものがあるが、中国では紀元前500年頃の周の時代、皇帝によりユダヤ教のそれと、ほぼ同じ手順で燔祭が行われていた。また、日本でも続日本紀(しょくにほんぎ)に、桓武天皇が785年と787年の2回、中国と同じやり方で燔祭を実施した旨が記されている。


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ヤハウェとスサノオの「嵐の神」としての共通点

さて、そう考えると、ヤハウェとスサノオという遠く離れた地で奉じられる神の性質が似ていたとしても何ら不思議はない。

まず、ヤハウェという神の性質の1つに「嵐の神」というものがある。ヤハウェの原型の1つにシュメール文明における嵐や雷、雨の神があると考えられており、それがユダヤ民族(当時はヘブル人と呼ばれた)に取り入れられてヤハウェとなった。旧約聖書に「栄光の神の雷鳴はとどろく」「主の御声は炎を裂いて走らせる」(日本聖書協会 新共同訳旧約聖書 詩編29:3,7)とあるのは、その名残と考えていいだろう。

同じルーツを持つ神にウガリットやフェニキアで信仰されたバアルがあるが、ヤハウェ信仰はこのバアル信仰を激しく敵視しており、旧約聖書ではバアルは邪神として登場する。さらに、このバアルを嘲笑して「バアル・ゼブブ」(蝿のバアル)と呼んだものが、後に悪魔「ベルゼブブ」となった。

一方、日本のスサノオもまた「嵐の神」である。日本神話ではスサノオが田畑や建物を破壊する様子が記述されるが、これはそのまま台風の被害を表現したものと考えていいだろう。


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「過越」と「蘇民将来」の類似

次に、ヤハウェやスサノオは「疫病神」でもある。

ユダヤ教には「過越(すぎこし)」という行事があり、昔は羊か山羊を屠った血を家の入口の周囲に塗っていた。これは、モーセの先導でエジプトからの脱出を試みるユダヤ人たちを、ファラオ(エジプト皇帝)が妨害しようとしていたため、ヤハウェがエジプトにいる人も動物も含めすべての長子を撃つ災いをもたらした、という旧約聖書の記述に関係するもの。

ヤハウェはモーセに対し、戸口に印のある家にはその災いを及ばさないと伝え、その家は災いが「過ぎ越す」ことから、そこから発祥した行事は「過越」と呼ばれるようになった。災いの詳細は聖書には書かれていないが疫病とも考えられる。というのは、ヤハウェがエジプトにもたらしたとされる「十の災い」の1つが疫病であり、ほかにも疫病に関係しそうな災いがいくつか含まれているからだ。

一方、スサノオのほうにも疫病と関係する行事がある。これは、スサノオに宿と食事を提供した蘇民将来という人物に関する習わしで、宿と飯のお礼として、疫病が流行しても蘇民将来の子孫だけは難を逃れるとスサノオが約束した話が元になっている。

具体的には、「蘇民将来之子孫也」という護符の付いた注連縄(しめなわ)飾りを玄関に飾り疫病除けとするのだが、これは、ユダヤ教の「過越」に非常によく似た習わしだ。スサノオを祀る京都・八坂神社の祇園祭もこの蘇民将来の習わしを元にしているといわれている。

スサノオの場合、疫病除けの働きが強調されているが、神の性質にはコインの裏と表のような二面性があり、疫病を除けられる存在自体が疫病神であると考えることもできる。日本神話にはスサノオが祭殿に自らの大便をまき散らす暴挙が記述されているが、これなども疫病が連想される行いだ。

なお、沖縄にはもっと「過越」に似た風習があり、「看過」あるいは「シマクサラシ」(厄祓いの意)と呼ばれる。それは牛を屠ってその血を家の門戸などに塗るというもので、古い「過越」のやり方とほぼ同じである。


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スサノオに反映されている日本人特有の性質

「嵐の神」と「疫病神」に共通するのは、自然からもたらされる不条理な破壊や死だ。嵐や疫病に対抗する技術に乏しい時代には、それは有無を言わせない圧倒的な力であり、当時の人々はそこに畏怖の対象としての神の姿を見出したのだろう。

しかし、ヤハウェとスサノオの性格には違いもあり、それは、ユダヤ人と日本人の違いが反映されたものと捉えることができる。いや、ヤハウェがユダヤ教ばかりでなく、キリスト教やイスラム教の神でもあることを考えると、この2神の違いは、西洋・中東の人々と日本人との違いを反映したものといってもいいだろう。

次回は、その違いの部分に焦点を当て、日本人の徳性――特に自然災害を忍耐強く受け止めつつ、前向きで調和的に自然の働きを活用しようとする姿勢について説明してみよう。(続く)

(神谷充彦 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

 

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