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これはしげしさんという男性の体験談である。
しげしさんは幼少から実の両親と折り合いが悪く、育児放棄をされていた。唯一親身になって助けてくれた母方の祖母の死をきっかけに、人のオーラなどが見えるようになったという。
祖母の話については、『夏の魂』の前半に掲載している。
最愛の祖母の死後、しげしさんは父方の親族の元を転々とすることになった。そして十二歳になった年、また別の親族の家で面倒を見てもらうことになったという。
新しく世話になる家は一軒家の二階建てで、平屋が多い田舎の中でもかなり大きな屋敷だった。十二歳のしげしさんは、その家の表札で苗字を見て、そこが母の姉の嫁ぎ先であることが分かり安心したそうだ。
(よかった、今度はお母さんの方の親戚だ……)
父方の親族のもとでは「親戚中をたらいまわしにされている厄介者」というイメージを抱かれていたため、理由もなく当たられたり、寂しい想いをすることも多かったという。
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迎えてくれた伯母の胸にしげしさんは勢いよく飛び込んだ。
「伯母ちゃん!」
伯母はそんなしげしさんを目尻を下げながら優しく受け止めてくれた。
「ごめんね、今まで見てやれなくて。苦労したね、よしよし……」
と、頭を撫でてくれる。まるで触れただけで、人の過去が分かるかのようだった。すると先読みしたように伯母が笑う。
「私も母さんの血を引いてるからね。あんたも、そうなんだねえ」
優しく頭を撫でる伯母の手に、しげしさんはなんだか少し恥ずかしさを覚えながらも胸が温かくなった。
(おばあちゃんがいなくなってからこんな優しくしてくれる人はなかったな……)
これまでに両親からの満足な愛情を受けたことはなく、祖母の死後、成長と共に心も大人びていたしげしさんは、どこかくすぐったさを覚えた。
そして、しげしさんは引き取られるまでの簡単な経緯を聞くことになった。もともと伯母は引き取ろうとしてくれていたのだが、姑にあたる人物がしげしさんを受け入れることを嫌がっていたのだという。「それはいかん。此処には此処の流儀があるから」と。
先日姑が亡くなり、伯母夫婦の息子二人もそれぞれ所帯を持って家を出た今、伯母の申し出で今に至るそうだ。
「しげちゃんはこれからこの家で、お姑さんがいた部屋に寝てもらう事になるけど、何かあったら言うんだよ。絶対だよ」
しげしさんが伯母に続いて姑の部屋に通されると、異様な臭いがしたという。
(何だ……この臭い……)
単純に高齢者が住んでいた部屋のにおいというものではない。まだここに誰かいるような気配、その人の臭いだった。まだ色濃く“部屋の主”がいるのだと感じ取ったしげしさんに、伯母はこういった。
「あんたもわかるんだね。やっぱり、母さんがいってた通りだ」
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それから伯母はしげしさんを別の部屋に連れて行き、しげしさんがこれまでに食べたことのなかった洋菓子を食べさせてくれた。
「最近流行ってる、っていうお菓子を息子たちに聞いてね。買ってきてもらったんだよ」
伯母の息子で、しげしさんの従兄弟にあたる人物は二人いたが、二人とも成人し、嫁をもつ身だ。その二人がわざわざ「これから家に住むしげしのために」と菓子を用意してくれたと聞いて、しげしさんは心から感謝したという。
伯母は祖母と同じように、しげしさんが何も言わなくても、不思議とこれまでのことを分かってくれた。祖母の死後、人の身体からもやもやしたものが出ているのが見えるようになったということも。
「自分に当たり前に見える存在が人には見えないのが昔不思議でね、調べた事があるんだよ」
伯母は静かに語り始めた。
「私たちの家系はね、どうやらシャーマンのような、……恐山のではなく、この地域一帯の口寄せだったらしいんだ」
それは祖母からも聞いたことがなく、しげしさんにとって初めて耳にする話だった。
「長女のわかえがね、一番そういう能力が強かったみたい。しげちゃんの母さんは父方の血を継いだんだろうね、そういう能力はなかったよ」
伯母はしげしさんをじっと見つめ、静かに声を重ねた。
「ただね、しげちゃん。この話は誰にも言ってはいけないよ。変に伝わってもいけないし、皆が使える力でもないからね」
しげしさんはゆっくりと頷いた。話にひとつ区切りがついたところで、しげしさんは気になっていたことを尋ねた。
「その、……伯父さんは、僕がこの家でお世話になることについて、何か言ってましたか?」
と聞くと、伯母はにこにこと笑った。
「呼んでやれとだけね。アンタが可愛いみたい」
初めて食べるお菓子の味以上に、伯母やこの家の人の気遣いが嬉しかった。
(新しい家ではうまくやっていけそうだ……)
その後、帰宅した伯父に挨拶すると「飲むか」と酒瓶を出され、笑って断ったという。
その夜のことだ。しげしさんは目を覚ました。頭の上の方で音が聞こえる。
ギシッ……ギシッ……
自分の周りを誰かが歩いている気配があった。咄嗟に伯母を呼ぼうとしたが身体が言うことを聞かない。
(これ……金縛りじゃない……)
そして、しげしさんは自分の苦しさの正体に気が付いた。誰かに胸を踏まれているような感覚がある。しげしさんがじっと胸のあたりを見ると、そこには足袋をはいた足があった。
「おばあさまですか?」
しげしさんが尋ねると、足は踏むのをやめた。身体が軽くなったしげしさんは起き上がってその場に正座をした。
「これからお世話になります、しげしです。よろしくお願い致します」
しげしさんが深く頭を下げると、足はしばらくしげしさんの周りを歩き回った。かと思うと、部屋から出て行った。静まり返った夜の家の中を、誰かが歩き回る音だけがする。やがて、伯母の鋭い声が響いた。
「お義母さん、またいますね!」
伯母は足音の存在に向かって続ける。
「しげちゃんに手を出したら私が許しませんからね!!」
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それは、亡くなった祖母の声によく似ていたという。
(親子って此処まで似るものなのか。伯母さんも、僕のことを守ってくれる人なんだなぁ……、本当に、ありがたい……)
親族にぞんざいな扱いを受けてばかりだったしげしさんは、静かに布団の中で感謝したという。
それ以来、毎晩足は現れた。
まずしげしさんの周りを一周して、それからじっと見定めるようにしげしさんを見つめていたという。実際に見えるのは足袋を履いた足だけだが、強い視線を感じたそうだ。
話によれば、伯母の姑にあたる人物はたいそう気が強く、舅さんも尻に引かれていたらしい。姑の死因は脳卒中らしく、亡くなってからも家の中を見張っていたのだろう。
その後三回忌の法事を機に、足は出て来なくなったという。
人は死んでもすぐに善きものになるわけではない。だが伯母が優しい心でまもってくれたことから、しげしさんの中でこの話は「トラウマ」ではなく「人に話せる少し不思議な、どこか心温まる話」となっている。
(志月かなで 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
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