太平洋戦争を敗戦に導いた無能軍人たち

今年も八月、ネトウヨと歴史修正主義者どもがうるさい季節である。

彼らは事あるごとに、旧帝国陸海軍の素晴らしさを口にするが、ならどうして戦争に負けたのか。もちろん国力の差も大きいが、ネトウヨが褒め称える、帝国軍人たち、特に将官の無能さを忘れてはならない。

まずは辻政信。昭和十四(一九三九)年五月、ノモンハンで日本軍とソ連軍の衝突が発生すると、彼我の戦力差も考えずに積極攻勢を指示、独断でソ連軍の基地を爆撃した。

この独断専行に昭和天皇は大いに怒ったが、板垣陸軍大臣のとりなしでお咎めなしとなった。ノモンハンで日本軍は奮戦するが、結局日本軍は係争地域からの撤退を余儀なくされる。




辻はこの責任を現場に押し付け 、現場指揮官や捕虜となって返還された将兵を叱責、自決に追い込んでいる。

ノモンハンで戦った将兵たちの多くは、日本の敗北を内地に知らせないため、満州などの僻地に送られた。辻も台湾などに左遷されたが、太平洋戦争が始まる頃には中央に戻り、マレー作戦を指揮して大勝し、「作戦の神様」と謳われた。しかしシンガポールを占領した辻には、「抗日分子の排除」を名目に、多数の華僑を虐殺した疑いが持たれている。

名声を得た辻は、ガダルカナル戦線に送り込まれるが、ここでも無能な指揮で作戦を失敗、責任を現地指揮官に押し付けた上、結局マラリアで撤退している。

続いてビルマ戦線に送り込まれた辻は、連合軍に包囲された日本軍守備隊に対して、増援を送ることもなく「水上少将は現地を死守せよ」と厳命。水上少将はこの命令を逆手に取り、部下を全員逃した上で自決した。辻は撤退してきた部隊に対し、「なぜ少将の後を追って自決しなかったのか」と叱責、中国の激戦地に送り込んで、大半を戦死させた。

戦後は大陸を逃げ回り、戦犯指定解除後に帰国。衆議院議員などを務めるが、昭和三十六(一九六一)年に東南アジア視察に行き、そのまま消息不明となった。




そして牟田口廉也。盧溝橋事件の際にすんなり反撃の許可を出し、日本を日中戦争の泥沼に引きずり込んだのはこの人である。しかし牟田口の悪名を確かなものにしたのはインパール作戦。ビルマから国境を越えてインドに攻め込み、中国を支援する援蒋ルートを断つ作戦であったが、

「ジャングルには植物がこれだけあるのだから補給は不要。輸送用の牛には現地の草を食わせ、兵員はその牛を食えば良い」

と、ほとんど補給物資を持たせずに送り出した。当然兵たちは飢餓に苦しみ、餓死・戦病死が続出、日本軍は国境にたどり着けずに崩壊した。

ちなみに本人は後方の司令部で芸者とハッスルしていた。八万六千の兵を動員し、帰還者はわずか一万二千という大失敗にもかかわらず、首相で陸軍大将の東条英機とオトモダチであったため、牟田口は形式的な処分を受けるにとどまった。

戦後は戦犯となるが不起訴。晩年もインパール作戦の正しさを主張し続け、自らの葬儀でも作戦の正当性を主張するパンフレットを配布、周囲を呆れさせた。




そしてこの二人に比べると知名度は低いが、帝国陸軍の体質を象徴するのが花谷正。一言で言って、パワハラ(鉄拳制裁)魔王である。花谷は陸軍大学校(陸大)卒の経歴を鼻にかけ、相手が陸大卒でなければ、上官でもパワハラの対象にした。

基本的に毎日、部下にパワハラ(鉄拳制裁)していたと言うからその異常さが伺える。それほどの人物なら、豪胆だったのかと思いきや、行軍中は小休止ごとに自分専用の防空壕を掘らせるほどの小心者であった。

そのパワハラはただ殴るだけでなく「理由を説明せずに何度でもやり直させる」などの精神的なパワハラも得意であった。

ちなみに、帝国陸軍の中では例外的に英雄視されがちな石原莞爾は、この花谷の圧倒的な人心掌握術(パワハラ)をフル活用し、満州事変を成功に導く。所詮同じ穴の狢である。

それでも作戦指揮が有能だったというのなら救いがあるが、インパール作戦に先立つインド侵攻作戦である、第二次アキャブ作戦を指揮した花谷は、無理な作戦を立案、反対する部隊長たちに鉄拳制裁を加えて、無理な作戦を押し通した。

花谷の作戦指揮は「突撃一辺倒」「補給無視」「撤退は許さず」という帝国陸軍のお家芸であり、もちろん花谷自身は、後方の安全な司令部を動くことはなかった。それどころか毎日食事に鮮魚を要求、担当兵は毎日十キロの道を往復して魚を仕入れに行く羽目になった。もちろん前線の兵達は飢餓に苦しんでいた。

作戦失敗後、ある連隊長は東条英機と辻政信に花谷の無謀さと横暴さを直訴したが、彼らがオトモダチを処罰するわけもない。その後も花谷はビルマ戦線で指揮を続け、パワハラと鉄拳制裁を続けて何人もの士官を自決に追い込んだ。対戦中に花谷のパワハラで自決に追い込まれた士官は、少なくとも十数名に及ぶ。

終戦後は右翼団体を指揮するなどの活動を続けたが、肺ガンに倒れる。この時、部下により治療費のカンパが呼びかけられたが、カンパしたのはその呼びかけた部下一人であった。

ある研究によると、人間は自らがパワハラを受けていなくても、暴力を見るだけで、能力が25%以上低下するとされる。元々兵力が少ないのに、満足な補給も受けられず、日常的に暴力にさらされ、日本軍はその能力の半分も発揮することができずに敗北したのである。

彼らのような無能な将官が蔓延ったのは、帝国陸軍に蔓延した、精神主義と縁故主義が原因である。

花谷のようなパワハラ軍人が「精神主義を体現している」と称えられ、失敗も縁故主義によって揉み消される。このような組織が戦争に勝てるはずがなかったのである。

筆者が危惧するのは、この精神主義と縁故主義が、現代日本に再び蔓延しつつあることである。ボランティア頼りのオリンピックや災害復興。政権中枢のオトモダチならば揉み消される犯罪。

コロナ禍を機に、これらの風潮を一掃せねば、コロナを乗り切っても日本は滅びるしかないのではなかろうか。

(すぎた とおる ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©けんたま/KENTAMA

 

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