【芸能伝説】世田谷清掃事務所の人たちが語る、本当にイイ人とヤな奴

弱い者には強い奴

前々回、故・石原裕次郎氏がゴミの収集に来る職員の人たちにとても丁寧だったことを書いたら、この話を聞いた元の関係者から、「じゃあ今度はカンジの悪かった奴のことも書いてくれ」といわれたので、書きたいと思う。

毎年、今頃になると、とある飛行機大事故から何年たったという記事が新聞各紙をはじめ、テレビ雑誌を賑わすことになっている。本当に酷い事故で500人以上の方々が亡くなられている。

その時に事故死した世界的に有名な男性歌手がいたのだが、これが実にヤな奴だったというのである。

日本の文化として、亡くなられた人を悪く言うことが憚られるのは承知の上である。しかし、こうして今でも言われ続けていることは、これも当人の生前の悪行の報いなのだろう。

その歌手Aは自宅の近くに清掃車が来るのを見つけると、必ず鬼のような形相でシッシと手を振って追い払おうとするのであった。ゴミの収集は歴とした東京都の(当時)公務であり、作業が終わるまで、立ち去るなどということは出来ないのだが、Aはことあるごとに出会った清掃関係者をバカにして偉ぶっていたという。

飛行機事故のニュースで彼の死が伝えられたときには、管轄の清掃事務所内では職員たちがどんなリアクションをしたかは想像に難くないだろう。




いい人ぶったイヤな奴

裕次郎氏は世田谷区の成城に住んでいたが、今、その近くにシンガーというか、タレントのBが住んでいる。

Bはコミカルな風貌と語り口で絶大な人気があり、世間的では『いい人』のと評価がある、好感度の高いタレントのひとりである。

だが、彼もまた実際にはAとおなじに、自宅とその近くに設けた仕事場の近くで清掃車に出会うと、「シッシ」と早くいけと言って追い払おうとするらしい。

テレビで見るのとギャップが激しいので、これまた関係者には大変に評判が悪い人物である。

私は不思議に思うのだが、一体全体この人たちは、自分を何様だと思いちがいをしているのだろうか。まあ、芸能人には『思い違い』や『思い上がり』はつきものなのではあるが、これはかなりヒドイと思う。

同じ大御所でも、明石家さんまは、清掃関係者に実に丁寧であり、車に乗った状態でも、わざわざ作業が終わるまで待ってくれて、そのうえ道まで譲ってくれるという。またバナナマンの設楽統もまた、道を譲ってくれたり、作業が終わるまで待ってくれると実に評判がいい。

またこれまた酷い話であるが、その近所のマンションに住んでいた、元国民的アイドルグループのCなどは、ゴミを積んでいた作業員の足元に、食べかけのゴミを投げつけてよこしたという。こんな言語道断の振る舞いをしたことで、さすがにその地区でのトラブルに発展してしまったそうだ。

弱い立場の人や、自分が優位にあると思えるときに、えてして人はその本性が出てしまうものなのだろう。




美しければ全てよし

最後に、ある清掃事務所で大変にいい意味で大評判になったある女性タレントの話を書いて締めくくりたい。

もう十数年も前の話ではある。そのマンションには、結構年配のひとたちのチームがゴミの収集にあたっていた。

ある夏の暑い日、例のごとく生ごみを積んでいると、そのマンションから出てきた帽子にサングラスをした恐ろしくスタイルのいい20代の女の子が、帽子とサングラスを取り、丁寧に頭を下げて「いつもありがとうございます」と、にこやかに挨拶をしていったという。

そのチームの人たちは驚きはしたが、その女の子が一体誰なのかわからずにいた。その後も、ゴミの収集に会うたびにその子はていねいに挨拶をすることをやめなかった。

あるとき、この現場へと代わりに来た年若い作業員が、彼女から挨拶され腰を抜かすほどにビックリした。他のメンバーが「誰なのか知っているの?」と訊ねると、若い彼は「彼女のことホントに知らないんですか?」と逆におじさん収集員たちに聞き返したという。

その彼女というのは、当時『CanCam』のモデルとして、人気絶頂期の『エビちゃん』こと、蛯原友里だったのである。

【実るほど首を垂れる稲穂かな】、彼女のような謙虚な例は芸能界ではごく少数派ではあるのだが、確実にいる人たちなのである。

(ヴァールハイト及部 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©nibonibo photoAC

【著者紹介:ヴァールハイト及部 1968年 横浜市出身 大学卒業後サラリーマン生活を経て、フリーランスとして、映画・ショービジネス界で仕事をしている。芸能界ウォッチーでもある。】

 

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