無線

画像©Heinz Humme PIXABAY

これは三重県出身のしげしさんという男性が学生時代に体験した話だ。

しげしさんは両親と折り合いが合わず、勘当同然の扱いを受けながら法学部に進んだ。アルバイトに明け暮れる日々の中、仲良くしてくれる友人が数人出来た。特に山本さんは親元から離れて通っていて、お互い境遇が似ており、すぐに意気投合したという。

ただ、山本さんは少々病みがちで、何につけても深刻に悩む癖があった。

ちょっとしたことでも家に閉じこもって学校に来ないこともある。しげしさんは幼少の頃に祖母を亡くして以来、他者の纏うオーラが見えるようになっていたため、(詳細は「夏の魂」に記載している)山本さんの背中からざわざわとした灰色のもやが出ていることに気づいていた。

(ああ、山本、よくない感じだな……)

しげしさんは山本さんのことを気にかけてはいたが、除霊の類の力を持つわけではないため、極力明るいことを考えるようにと促すくらいしかできなかったという。

大学2年の秋、共通の友人である伊藤さんから誘いがあった。

「俺とお前と、山本と佐々木も誘って四人で長野の山に行こう」

しげしさんと山本さんは登山が初めてだったが、仲の良かった伊藤さんと佐々木さんは登り慣れているという。

「冬になる前に行こうぜ」
「いいね、行こう」




だが約束の当日、待ち合わせの時間になっても山本さんは姿を見せなかった。

「どうしたんだろう?」
「何かあったのかもしれない。心配だから、一度山本のアパートに行って見て来てよ。待ってるからさ」

山本さんのアパートを知っているのはしげしさんだけだった。友人にすすめられるがまま、しげしさんは山本さんのアパートに向かった。

インターフォンを鳴らすが返事がない。

「おーい」

ドアノブに手をかけると、鍵が開いていた。

「あれ……。いるのか?」

玄関のドアを開けて、しげしさんは驚いた。天井の梁に首を吊って、山本さんは亡くなっていたのだ。

「嘘……だろ……」

友人の死を目の当たりにし、しげしさんは頭が真っ白になったという。

(どうして……)


画像©titanium22

すぐに隣人や大家が駆け付けて、警察や救急車がやって来た。しげしさんはそのまま警察署に行き、事情を聴かれる事となった。しげしさんからの連絡がなかったため、友人たちは登山を中止したらしい。

しげしさんは、登山の前日の晩、山本さんから妙な電話がかかってきたことを思い出していた。

「どうした?こんな時間に」
「……ごめんな」
「何の話や」
「……いや、声を聴きたかったから」
「声は毎日のように聴いてるやろ」

短い会話をして通話を切ったが、うつの兆候だろうかと気になっていたそうだ。

友人の死を目の当たりにしたショックで、しげしさんは声を発することが出来なくなってしまった。学費を稼ぐため三件掛け持ちしていたアルバイトにも出られなくなった。

そんなある日、佐々木さんと伊藤さんから封筒が差し出された。

「ほら、これ」

中を見ると、お金が入っていた。しげしさんのあまりの落ち込みようを見かねた友人たちは、しげしさんの代わりにアルバイト先に出かけて行き、土木作業などの仕事をしてくれていたのだ。

「お前、学費が払えないと困るだろ。バイトは俺らが行っておいたから」

佐々木さんも伊藤さんも、あの日のことをしげしさんに尋ねてこなかった。

(みんな、自分の仕事もあるのに……)

しげしさんは次第に言葉を発するようになり、伊藤さんと佐々木さんはそんなしげしさんを優しく見守ってくれていたという。


画像©Sharon Fisher PIXABAY

翌年、山本さんの慰霊も兼ねて、今度こそと長野の山に登ることになった。しげしさんは登山をするのが初めてで、山に慣れている二人の足だけは引っ張るまいとしたが、結局それが仇となり大幅に時間をロスしてしまった。

下山まであと少しといったところで無情にも日が沈み、三人は足止めされることとなる。

バブルがはじける寸前の時代で、学生が携帯電話を持っているはずもなく、連絡手段はない。

(俺のせいだ……)

秋の終わり、次第に冬の足音が近づく長野の山の夜は冷え込む。しげしさんが自分を責めていると、伊藤さんが声をあげた。

「おい、小屋があったぞ!ひとまず今夜はここで休もう」

伊藤さんの声に促されるようにして小屋に入り、ライターで新聞紙に火をつけ、薪に灯すことで寒さをしのいだ。

「よかった、寝具は人数分ある……」

しげしさんが寝具を確認したとき、佐々木さんは山小屋に設置してある電話の受話器を持ち上げていた。

「電話はあるけど、これ電話線が繋がってないみたいだ」
「あの無線は?」




しげしさんは小屋の隅にあった無線機を示した。

「珍しいな、無線のある小屋なんてあまりないのに」
「これで誰か呼べるかも……」
「でも誰が無線の使い方なんてわかるんだよ」
「ああ、……山本がいれば……」
「あいつ、無線好きだったもんな……」

三人の中に、しんみりとした空気が漂った。

「……ひとまず火は大丈夫そうだし、しばらく仮眠しよう」

三人とも朝から動いていたため、横になるとすぐに寝入ってしまった。それからしばらく経ったときのことだ。

キー……という音が聞こえた。無線が鳴っているのだ。

「なんだ!?連絡か!?」
「えっ、外とつながったのか!?」

全員飛び起きて無線に向かった。電話機のようなものを取り、しげしさんが答える。

「登山中に下山できず困っているんです、助けてください」


画像©[email protected]

しげしさんは山本さんが無線機を持って話していた姿を真似るようにして話した。すると、無線機から返ってきたのは、覚えのある声だった。

“よかったよ、皆無事で”

それは忘れるわけもない、山本さんの声だった。

しげしさんが思わず友人二人を見ると、友人たちにも聞こえていたのだろう、目を丸くして驚いていた。

「山本か!?山本なのか!?」

伊藤さんが声をあげると、また、無線機を通じて声が返ってきた。

“俺だよ、山本卓也。よかったよ、みんなの声聞けて”

しげしさんはその時、不思議な事に、怒りが沸いたという。

「何言ってんだ!お前の事で俺が落ち込んだせいで、皆苦労して助けてくれたんだぞ。皆に謝れ!」

しげしさんはそう叫んでいた。

「俺にも、死んでごめんって言えよ。訳分かんねえよ、……なんで死んだんだよ」

すると、山本さんがこう答えた。

“両親が離婚して……同じ時期に、俺も詐欺にあったみたいでさ。金をふんだくられたんだ。それで、学費も払えねえって思ったら……やけになって。……本当に、ごめん”

友人が死を選んだ理由を知り、しげしさんは力になれなかったことを悔やんだ。すると山本さんが優しい声でこう言った。

“救助隊にも、連絡したから”

そこで、山本さんの声が掠れた。

“……ごめんな、みんな”

それが最後だった。

それからすぐに救助隊がやってきた。

「あなた達ですか、山小屋に取り残されたって言うのは……!」

山小屋の戸を開けて入って来る救助隊を見た時、しげしさんたちは思わず微笑みがこぼれたという。

「あいつらしいなあ……」

友人たちは自然とそう口にしていた。それを見て救助隊は声を荒げた。

「どうしてこんな時に登山なんてしたんですか!!それで、誰が連絡を?」
「それが不思議と、誰かが連絡したんです」

しげしさんたちはこっぴどく叱られたが、こう答えると救助隊が黙ってしまうのもまた、少し笑えてしまったという。

しげしさんは語る。

「私の命は彼によって救われたんです。あれから毎年、夏になると慰霊のためにその山を訪れました。冬が近くなると、また山本の世話になりかねませんからね。あれから、あの時の小屋はどこだったかなと探したのですが、見つからなかったんですよ」

山の管理者にも訪ねたが、やはりしげしさんらが泊まった山小屋は存在自体が無かったのだそうだ。また、山にある小屋には無線機の類は一切置いていないらしい。

友人想いの山本さんが助けてくれた記憶は、今も印象深くしげしさんの心に印象深く残っている。

(志月かなで ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

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