日本人はなぜ汚い茶碗を国宝にしたのか(下)

画像©Yuki Yaginuma

日本人はなぜ汚い茶碗を国宝にしたのか(上)より続く

倒錯した美意識で遊ぶということ

前回、茶の覚醒効果でギンギンになった、私たちのご先祖様の話をしました。今回はそこから生まれた美意識の話をすすめてみます。

今、私たちがよく見聞きする茶道の姿は、多くは【侘茶】といわれるものです。

侘びは、【侘び寂び】で、まあ華々しくなく地味で、わびしいさびしいという【しおれた】感じ、さらには貧乏くさい風情のことです。

じゃあ、貧乏の姿が茶道の本質かというと、とんでもありません。




まず、憶えておいていただきたいのは、茶道というものは遊びである。と、いうことです。遊びで貧乏やわびしさを演出しているのです。

ですから【侘茶】の本質をいった言葉に【傾いたあばら家に金の鞍を乗せた、価千金の名馬がつながれている】というのがあります。

大事なのは馬はあくまで名馬であり、鞍は黄金作りのものではなければならないのです。もし、あばら家にそこらの農耕馬をつないで、背中にムシロをのせていたら、ただの本当の貧乏な風景になってしまいます。


画像©chariserin

ちなみに日本以外ではこのような倒錯した美意識はどこにも生まれませんでした。ようやく20世紀になってフランスのファッションデザイナー、ココ・シャネルが、【High and Low】という貴金属とプラスチックを組み合わせて見せるファッションを考えだし、今に至っています。

ひたすら狭く暗く

ですから、茶事に使う道具というものが大事になってくるのです。

千利休が作った茶室に【待庵】(たいあん)というものがあります。私は六本木ヒルズの森美術館で、この待庵を忠実に再現したレプリカの中に入ったことがあります。

じつに狭くて暗くて、簡素なものでした。もちろん当時の安土桃山時代には電気もありませんでしたから、ここに入って茶を飲むひとは、昼間なら小さな障子窓から入るわずかな日の光、夜なら一つだけ灯されたロウソクの光で全てを見なければなりませんでした。

つまり、常にうすぼんやりとした明かりの中で茶事は進められていたのです。

繰り返しますが、それまでに経験したことのなかった覚醒効果のある飲み物を飲んで、暗がりで道具類を扱うようになったとき、美意識に一大転換がうながされたのです。

触覚です。

つまり手で触れてみた感じ、その温かさや滑らかさなど(これを茶道では【抱き心地】などともいいます)が重んじられるようになったのです。

そして、この抱き心地のいいものが視覚的にも美しいものとされ、【景色がいい】ということばも生まれたのです。

みなさんもうお分かりになりましたね。




国宝【大井戸茶碗・喜左衛門】は抱き心地かよく、したがってあのヒキガエルの表皮のような凸凹といびつさは、限りなく景色がよいものなのです。

ちなみに、西洋美術史家であった私の父は、生前この国宝の汚い茶碗で、二度ほどお茶をいただいたことがあります。大変に手の内にしっくりとくる茶碗だそうです。

さて、この触覚が先行する美意識というものは茶道の中に留まらず、その後の日本人の美意識を侵食していきました。つまり、奇の美意識がいろんなところにまで進出してきて、ついには女性の美しさにまで及ぶようになったのです。

端正な顔立ちではなく、何か造形的にはいびつな、であればこそ隣にいて母性的な温かみと柔らかさを感じさせる人が人気を持つようになりました(別に端正な美人が評価されなくなったわけではありません。念のため)。


画像©Dick Thomas Johnson

私はAKB48の総選挙で、前田敦子さんと大島優子さんが双璧をなしたのをみて、日本人にまだこの奇の美意識が脈々と生きずいていることを感じました(別にお二人が不細工だといっているのではありませんよ)。

美の基準を端正さと厳正さにおく父性的なものではなく、いびつであってもたおやかな母性に求める。それはやはり日本のよき伝統ではないのでしょうか。

であれば、この汚い【大井戸茶碗・喜左衛門】は国宝としての地位をなくすことはないのだろうと思うのです。

(光益 公映 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

 

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