モアイを造った人々はどこから来た…イースター島民のルーツ解明か?

エジプトのピラミッドと並び世界の七不思議のひとつに数えられるのが、イースター島のモアイである。

イースター島は、チリ領に属する太平洋上に位置する火山島であり、パスクア島が正式名称だという。

モアイは、イースター島にある人面が刻まれた石造彫刻で、よく宇宙人着陸の目印だったとか、アトランティス大陸の生き残りが創った遺跡だとか噂されているが、実際には祖先や部族の長の姿を象ったもののようだ。




そんなイースター島はチリの沖合い約3800Kmに位置する絶海の孤島ともいうべき島である。そしてイースター島に住み着いたのはどんな人々だったのか、モアイのような巨石文明をもたらしたのは誰だったのだろうか……。

南米からポリネシアの島まで、バルサ材の船で渡ることが可能である事は1947年にノルウェーの探検家のトール・ヘイエルダールが実験して証明している。その後、イースター島では南米由来のネイティブアメリカンとポリネシアの人々がそれぞれ到着し、文化的要素が混ざってイースター島の文化を形作っていたのではないかと考えられるようになった。




そしてこの度、スタンフォード大学の研究者が南米大陸沿岸の人々とポリネシアの先住民の人々の遺伝データを分析、イースター島の人々と比較した所、恐らくはじめにイースター島に到達したのはポリネシア系であることが判明。その後、コロンビアの先住民にルーツを持つ人々が到達していった事を明らかにしたのだ。

モアイを始めとする彫像は両方の文化が融合したものだという。大昔の人々は、海流に乗って我々が想像するよりもずっと遠くまで移動していたのかもしれない。

(加藤史規 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©LuisValiente PIXABAY

 

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