丸岡城の人身御供と片目の蛇
柴田勝家の甥柴田勝豊が、丸岡城の造成に苦労していた。そこで領内から人柱を取ろうと言うことになった。お静という片目で貧乏な女に、白羽の矢がたった。しかし、貧乏なお静は、幼い息子を武士に取り立ててもらうことを条件に人柱をうけおった。こうして無事に城が建設されたが、勝豊が領地かえになってしまい、息子が武士にされる事はなかった。何年経ってもお堀に水草が張ってしまい、片目の蛇がうらめしそうに姿を表したと言う。
hukumusume.com/douwa/i/kaidan/08/24.htm





