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なんだか分からないものを拝む精神がある

初めに二つのエピソードを紹介したい。

宮崎駿監督の名作アニメ『もののけ姫』の冒頭に、こんなシーンがある。手負いのイノシシが変化した祟り神を主人公のアシタカが仕留めたあと、森光子が声優をつとめたオババ様が、祟り神に手を合わせてこう祈る。

「いずこよりましましたる神か存ぜぬが、この地に鎮まりたまえ」

つまり、なんだかわからないモノではあるが、縁があって自分ちのもとに来たのだったら悪いこともしたかもしれないが、許してあげるからここにおいでという、優しい心根が日本人(非征服民であっても同化をした蝦夷でも)にはあるのだ。




人はみな同じという優しい圧力

もう一つ。

「それはもう、何か巨大な人間の圧力というものが、隅々までおおいかぶさっていることを感じさせる、慄然とするような風景でした」

これは、『日本人とユダヤ人』『空気の研究』で知られる、評論家の山本七平氏のことばである。山本氏が慄然としたものとはなんだったのか。皆さんはおわかりになられるだろうか? 

答えをいってしまえば、日本の田んぼの風景であった。「はあっ?」と思われる方々も多いだろう。

山本七平氏は太平洋戦争中に陸軍の兵士として、フィリピンで戦い、九死に一生をえて日本に帰ってきた人である。フィリピンをふくむ東南アジアでの米作りは、雨期に湿地帯にバラまきをして、勝手に伸び放題になった稲を頭だけ刈り取っていくという、よく言えばおおらかで呑気な、悪く言えばいい加減でずぼらな農法である。

本来のコメの原産地域なのでこれで十分なのである。


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しかし、はるかに北に位置して、本来米作に適さない日本では、種もみを一つぶ一つぶ苗代に植え、ある程度生えそろったところで、一斉に村人総出で田植えをする。稲は厳しく管理され、その背丈や稲穂の大きさまでほぼ同じ大きさにされる。刈りいれも同様に一斉にこれを行う。

これまた当然のように、刈り入れの後の田んぼの風景もほぼ同じものになる。そうしなければならないのである。米という字は八十八の手間がかかるからこういう字なのだといわれもした。
 
こうして出来上がった田んぼの風景は、東南アジアの“正常な”姿からすれば、恐ろしく人間の圧力のかかった、奇形的なものに、山本氏には見えたのだ。

同じようなことを、幕末に日本を訪れたイギリス人たちも感じたそうで、彼らは日本の米作りはもはや農業ではなく園芸であると書き記している。

ある一時期にみんなが手分けをして同じ目標にむかって進んでいく。私たちには当たり前に見えるこのことも、世界的には奇異な姿なのである。

申し訳ありません、前振りが長くなった。

こんなことで、私たち日本人は同質性と同調性がとてもつよい国民、あるいは民族になってしまった。同調性は悪くすれば排他的であるのだが、そうでなければ身内に対して優しいという感覚をはぐくんでいく。


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敵にやさしい日本の戦争

それは戦いの場において敵として刃を交えた相手に対してもだ。平家物語にある平敦盛と熊谷直実の逸話などその最たるものではなかろうか。

ちなみに、日本の戦というものでは、大陸などでおこなわれた本格的な殲滅戦というものは、織田信長が出てくるまでは、ほとんどない。

歴史の本などで何々氏の滅亡などと書かれていても、実際に滅んだのはその宗家とかに限られており、寝返った家とか一族なんぞは、ちゃんと生き残っている。

有名な関ケ原の合戦のときも、徳川家康は石田三成の子供を全員助けている。これは戦国時代の攻城戦においても顕著で、ある研究によれば、城を囲んでの戦いでは、実に八割が説得や調略、あるいは城の後ろ側をわざとあけておいて、敵に出ていっってもらうことで決着がついているという。

まあ、呑気と言えば呑気な話である。この呑気さは人以外のモノにも及んでいることは、初めに書いた『もののけ姫』のエピソードで紹介したとおりである。




御霊信仰と祟り神の神社

京都に行くと御霊神社というものが多くあることに気がつく。御霊とは、いってみれば、ウラミをのんで死んでいった人の怨霊のことで、これを神様として祭っているわけである(京都以外にも御霊神社はあるが、京都はこれが格別に多い)。

怖い怨霊だからこれをやっつけるというのではなく、温かく鎮まってもらい自分たちの守り神としてそこにいてもらおうという気持ちの表れである。


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怨霊を祭った神社としては、日本には代表となるものが二つある。

ご存じ、平将門を祭った、江戸の総鎮守である神田明神(※東京の総鎮守は明治神宮である)と、火雷天神こと菅原道真を祭った天満宮である。

日本の三大怨霊というものはこれに、崇徳上皇を加えた三柱の祟り神なのだが、崇徳上皇のことはひとまずおいておく。

次回は、この大怨霊であった神様たちと日本人の関わり方について考えてみたい。

(光益公映 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

 

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