インセル、MGTOW(ミグタウ)、タクシードライバー、八つ墓村

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「タクシードライバー」「八つ墓村」(共に映画)はともかく、「インセル」「MGTOW」という単語はまだご存じない方の方が多いであろう。これらは、近年出現した一連の男性たちを指す言葉である。

「インセル」とは、「自分たちがモテないのは、外見や経済力、場合によっては暴力性を男性に求める女性たちのせいであると考え、自分たちにセックスを与えない現代社会に対して、暴力を行使することも辞さない男性たち」 のこと。「MGTOW」とは、「インセルほど過激ではないが、同様の価値観を持ち、そんな社会から遠ざかって過ごす男性たち」のことである。

彼らはアメリカで出現したが、ヨーロッパにも広がり、今や日本にも上陸しつつある。インセルは実際に、銃乱射や、自動車で歩行者を跳ねとばすなどのテロ行為に及んでおり、日本でも報道されたいくつかのテロ事件は、彼らによるものである。彼らはフェミニズムが古き良き(男尊女卑の)社会を破壊したと信じており、ゆえにターゲットは女性だけでなく、その価値観を容認する社会そのものに向けられる。


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日本でも電車の女性専用車両の廃止を訴える社会運動が起きるなど、彼らの出現の予兆はすでに現れている。

そもそも「自分たちにはセックスを与えられる権利がある」と信じ、女性に人権を認めない時点で、彼らの主張に正当性などまるでないのだが、しかし筆者も一抹の共感は覚えてしまう(もちろん、フェミニストの主張も無謬であるわけではないが、「他者に人権を認めない」ことは明らかに間違っている)。これを「モテない男のひがみ」と一蹴してしまうのはあまりにも危険だ。

実は戦前の日本にも、インセル的価値観によって引き起こされた大量殺人があった。映画にもなった横溝正史の小説、「八つ墓村」のネタ元である、「津山三十人殺し」である。

事件は昭和十三(一九三八)年五月二十一日未明、現在の岡山県津山市、貝尾・坂本の集落で起こった。数え年で三十二歳の青年、都井睦夫が、両集落の住民のほとんど、三十人を一晩で殺害、自身も自殺を遂げたのである。

貝尾集落で育った都井は、若い頃に肺炎を患い、両親の遺した遺産で、祖母と共に暮らしていた。今で言う引きこもりのニートである。都井は童話を作るのが趣味で、近所の子供を集めて、童話を聞かせていたという。現代に生まれていればきっと、なろうに小説を投稿したり、同人誌を作ってコミケに出たりしていたであろう。

しかし、都井の育った両集落には、現代日本では廃れた、ある習慣が残っていた。「夜這い」である。引きこもりのニートだった都井だが、集落では若い男性というだけで性的価値があり、都井がセックスに不自由することはなかった。働く必要もなく、創作活動に打ち込みながら、セックスにも不自由しない。オタクにとって理想的な人生である。しかしその幸福は、長くは続かなかった。都井は徴兵検査に丙種合格(事実上の不合格)してしまったのである。

都井の不合格が知れ渡ると、村の女性たちの態度が一変した。彼女たちは、もはや都井を男性として扱おうとはせず、彼の夜這いを拒むようになったのである。都井の遺書によると、単に夜這いを拒まれただけでなく、男性としてのプライドをひどく傷つけるようなことを言われたり、噂されたりしたようだ。


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都井は、村の女性たちへの復讐を決意した。猟銃や日本刀などの凶器を準備するとともに、高価な栄養剤やトレーニング機器を取り寄せ、肉体改造に励んだのである。いつしか都井は、映画「タクシードライバー」の主人公、ベトナム帰還兵のトラヴィスさながらの超人と化していた。

ここで、都井にはもう一つの選択があったはずなのである。たとえば改めて軍に志願し、何らかの手柄を立てて凱旋すれば、それは村の女性たちへの、十分な復讐と言えないだろうか。ちょうど売春宿のチンピラを皆殺しにし、ジョディ・フォスター演じる少女を(少女の意志とは無関係にだが)救い出したトラヴィスのように。

現実の彼は、計画をそのまま実行に移した。電話線と電線を切断して二集落を孤立させた都井は、詰め襟の学生服に猟銃と日本刀、匕首二本を携え、頭には二本の懐中電灯を、鬼の角のようにハチマキで結わえ付けた。映画「八つ墓村」でおなじみのスタイルである。

都井は祖母をナタ(斧とも)で殺害したのを皮切りに、村人を次々と虐殺。二十八名を殺害、五名に重軽傷を負わせた(二名はのち死亡)。そんな中でもある家では、妻と娘二人を殺害した後、生き残った主人に

「お前はわしの悪口を言わんじゃったから、堪えてやるけんの」

と見逃したことが心に残る。

殺戮を終えた都井は、隣の集落の一軒家を訪ねて、遺書を書くための鉛筆と紙を借りた。その家の子に

「うんと勉強して偉くなれよ」

と声をかけたのが、都井の最後の言葉となった。

近くの山頂で長文の遺書を書き終えた都井は、猟銃で自殺。事件はこうして終わった。

都井が、自らを拒んだ女性達だけでなく、男性や子供たちを含む、村人全ての殺害を試みたのは、極めてインセル的である。都井の恨みは女性たちだけでなく、村社会そのものに向けられていたのだ。

ここでインセルを「満たされない男性の性欲の暴走」と捉えると、本質を見失う。英雄となったトラヴィスの微笑みが物語るように、彼らが真に求めているものは「社会的承認」なのである。インセルと対局にある「ナンパ師」たち(彼らもまた女性に人権を認めない)が求めるものもまた「セックスによって得られる、ナンパ師たちのホモソーシャルな社会における承認」だったりするので、「セックスによって社会的承認が得られる」との男性の認識は根が深い。

目指すべきは「誰もが(セックスと無関係に)自分自身であることで承認を得られる社会」なのだが……道のりは遠い。

(すぎたとおる ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

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