WWEの美人レスラーみたいな宇宙人に出会った思い出

投稿 Kさん

拝啓

山口敏太郎先生、スタッフの皆様、毎日アトラスラジオを拝聴させていただきありがとうございます。

先日「緑色の少年」の話を取り上げていただきありがとうございました。今回は私のUFO体験をお話したくメールさせて頂きました。

私が「緑色の少年」、私にしか見えない少年と遊ぶ様になったこと、そして彼と毎日過ごす楽しい日々は私が保育園に入った頃に終わりになったことは前回お話しました。

その保育園に入って間もなく、私は色んなことを体験する様になりました。そのひとつがUFO体験で、もうひとつは前世の記憶体験です。今日はUFO体験のことをお話します。

私の生まれた中部地区の県は、名前の通り街の西側を流れる川沿いに工場が建ち、その工場を駅まで結ぶ鉄道がありました。コンテナや材料や木材を運搬する鉄道で、蒸気機関、所謂SLが走っておりました。私が中学生の頃に廃線になりましたが、現在は公園の中に展示されており、旧国鉄OBや愛好者でつくる愛好会の皆さんが保守や清掃をして管理しておられます。

私が幼稚園の頃はまだ鉄道は現役で走っておりましたから、線路に子供が近付くのはいけないことと厳しく教えられておりました。この体験は私が小学校に入る前の保育園から幼稚園に上がった頃だったと思います。

わが家はお店を営んでおりまして父母は毎日忙しく、ようやく手がかからなくなった私は自由に幼稚園の帰りに道草を楽しんでいました。

ある日、帰り道とは逆方向の川に行ってみたくなりました。普段、親や先生から「川と線路に近付くな!」と言われておりました。しかし、行くなと言われると逆に行きたくなってしまうのは子供心というものです。

お昼くらいでしょうか。季節は春で花曇りのような天気だったと思います。私は黄色い帽子に同じ黄色い鞄、青い園児服がその頃の出で立ちだったはずです。線路は川沿いに在って畑の真ん中を走っていたと思います。

お昼時は貨物は通らないことを知っていたので、いけないとは分かっていたのですが線路の中に入って歩いてみました。
線路と枕木が足下からずっと向こうまで続いているのは、子供にとっては引き込まれるような景色だったとのでしょうね。畑にも人が居ないのを幸いに私はどんどん線路を歩いて行きました。枕木を飛び越えたり、石を投げて片足でケンケンしながら数えたりと一人遊びに夢中になっていました。

その時でした。突然辺りが金色に輝き始めて、びっくりした私が線路から視線を上げると、花曇りでうっすらと青みがかった空の中で月より遥かに大きい光が輝いていました。

それは輝きを増しながら降りて来ました。まぶしくて息が出来ないような圧迫感を憶えています。右の耳でキーンという高い金属音が響き始めました。ふいに言葉が響きました。聞こえたというより頭の中に響いた感じです。

(あなたはどこの子?)




すると目の前に女性が立っていました。3メートルくらい正面でしょうか?子供心にもびっくりするような美しい女性でした。金色に光り輝いていました。本で見た西洋の肖像画に出て来るような美人でした。

でも、雰囲気はどちらかと言うとお婆ちゃんと行くお寺にある観音様にも似ています。顔は観音様をもっと北欧の人に近付けた感じです。

背が高くて、今思うとWWEの細身の女子プロレスラーのような感じです。華奢ではなく、何と言うか戦士みたいな…そう、バイキングに出てくる女戦士に近いでしょうか。出で立ちもそれに似ていて、その上から半透明な薄く光る玉虫色がかったヴェールのような不思議なものを着ていました。

金髪で青い目。不思議と怖いという気持ちはなかったのですが、まず驚いてしまって言葉が出ませんでした。空にあった丸い光は輝く金色の円盤みたいにその女性の頭上に来ていました。

(あなたはどこの子?)もう一度頭の中で言葉が響きました。

「S町のK商店のKです」と親から躾けられていた通りに答えました。迷子になったらこれを言うんだよ!といつも言われていた通りに電話番号も住所も言いました。

すると、不意に男の人の声が響きました。

(連れて行くかい?)

突然、女性の隣に男性が立っていたのです。またびっくりしました。女性は男性も見ないで言いました。いえ、頭の中に問いかけます。

(あなた、私と一緒に来る?)

私は顔を振って“いやいや”をしました。

(どうして?)また聞かれました。

「今日はカレーライスの日だから」

私の大好きなカレーを作ってくれると母と約束した日でしたから。その時、初めて女性が微笑んだ気がしました。

(また来るわ)

そう言葉が響いたとたん私は目の前が真っ暗になってしまいました。

気が付いた時は布団の中でした。「あ、Kが起きたよ!」 お婆ちゃんの声がしました。ドタドタと走る音が聞こえて母がふすまをバシッと開けました。

「あんた、何やっとったの!? 心配したよ!」

大きな声がしましたが、まだうつらうつらしているような変な感じで上手く答えられませんでした。一言、「…カレーライス…」と言うのがやっとでした。

後で話を聞いて分かったのは、畑の持ち主のおじさんが線路の脇に倒れている私を見つけて、これは大変だ!と助けてくれて家に知らせてくれたそうです。

落ち着いてから自分が体験したことを母と祖母に話しました。でも、やっぱり信じてもらえませんでした。

しかし、この後、毎日この体験の夢を繰り返し観ることになります。段々観る頻度が少なくなって来たのは、小学生の二年生に事故で頸椎を痛めて入院してからのことです。

今でもたまに夢で見ます。そして、この後UFOを観る時は何故か右の耳に金属音の耳鳴りがするようになりました。

長くなって来てしまいましたが、もう一つだけお話しします。これは高校三年生の時のことです。この体験は第三者と共有したモノの中では一番ハッキリとしたものでしたのでお話します。




高校生三年生の夏です。生徒会の副会長をしていたので、秋の体育祭と文化祭を前に、関係各所との打合せやネゴシェーション、広報の打合せなどで帰宅が遅くなった日がありました。生徒会室を後にしたのが夜の8時くらいだったと思います。

高校は市内の丘の上に在り、自宅との距離は歩いて30分くらいだったと思います。帰り道は丘沿いに10分くらい歩いてからお稲荷さんの神社の前を通る坂を下って、後は20分くらい真っ直ぐな道を歩けば自宅です。

その日は夕方雨が上がって空に雲は在ったものの、低い所に広がった雲の切れ目が空に見えて、そこからは星が見えていました。低い雲の上からは月の明かりが透けていて、雲はグレーでいて少しだけピンクがかっていました。

お稲荷さんの坂を下ろうとした時に足を少し滑らせました。空が目に入りました。体勢を整えた瞬間、大きく開いた雲の切れ目に突然銀色の巨大な円盤がゆっくりと現れました。

明らかに雲の上をゆっくりと進んでいました。大きな雲の切れ目がやがて銀色の光に満たされて、何が起きているのか私には理解が出来なくて見入ってしまいました。やがて円盤の端が切れ目に見えて、すぐにさっきまで見えていた雲の切れ目と星々が見えると、円盤は消えてしまいました。

私はその歳まで不思議な体験をしていたのですが、頭の中でそうした体験をむしろ否定的に考えていることが良いことだと自分に言い聞かせていた時代でした。

ですから、(…いやいや、これは相当疲れてるなぁ…)と冷静に思い込もうとしました。何度も(疲れてるわ…)と思いながら、お稲荷さんの前を通って丘を降りました。

丘を降りた所は住宅街です。道の端に二人の奥様が居て話し込んでいました。すれ違った時にお二人の会話がはっきりと聞こえました。

「あれ何だったんだろうねぇ…」
「雲の上にあんな円盤みたいなものって…」
「銀色で光ってたよー」
「でかくない?」

それを聞いて自分の見たものがガチで本物であったことを知らされて、頭が混乱して走って帰ったことをはっきり憶えています。そのことを忘れる為にひたすらご飯を食べた思い出があります。

前回お話したように長くなってしまいました。申し訳在りません。この後、働き始めてからもUFOに追いかけられたりしたのですが、これもまたお話したいと思います。

長々とすみませんでした。こんな戯れ言が先生の研究に役立つか分かりませんが、一人のファンとしてはお伝えしたくメール致しました。不躾なメールお許し下さい。

これからもアトラスラジオを拝聴させて頂きながら自分なりに勉強させて頂きます。このご時世、スタッフの皆様も大変だと思います。どうかこれを乗り切って日本人の心の拠り所の灯火を末永く保持してください。

いつもいつもありがとうございます。

敬具

(ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©Adina Voicu PIXABAY

 

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