「寺の奥」

                画像©すしぱく ぱくたそ

これは山口県在住の男性、Nさんの体験談である。

Nさんが二十年ほど前、二十代前半の頃に山口市内のとある寺に出かけた時の話だ。きっかけは、アルバイト先で知り合った二歳ほど年上の女性・Aさんだった。

「お寺に行きたいんだけど、車がないと行きにくいところで……Nくん、連れてってくれないかな?」

Aさんの話によれば、そこに彼女の水子がいるのだという。しばらく顔を出せていないので、会いに行きたいのだそうだ。

「いいよ、じゃあ一緒に行こう」

Nさんは元々、幽霊が見えるということをAさんへ話していたため、頼りやすかったのかもしれない。




二人は休みを合わせて出かけた。寺の見物は二の次で、水子供養が主目的だ。NさんはAさんと共に、表門から中に入った。

「こっちだよ」

Aさんは迷わずに、門をくぐって左側にある水子堂へと歩いて行く。そこには供養塔があり、周りにはこけしや水子地蔵が並べられていた。Aさんはまっすぐに歩いて行き、すぐにある一点を指さした。

「これ、わたしの水子」

そこには小さなお地蔵さんがあった。手のひらに乗りそうな、十センチほどのものだ。

(そんなすぐに分かるんだ……やっぱり母親なんだな……)


画像©himawariin 写真AC

Aさんが自分の水子に向かって手を合わせていたので、親子の語らいの時間だと思い、Nさんは外に出て待っていた。

Aさんはしばらくの後、水子堂から出てきた。すると、彼女が突然「えっ」と驚いた声をあげた。

「あれ……?」

Aさんは拳に握った己の右手を見ている。

「どうしたの?」

Nさんが尋ねると、Aさんは拳の形に握っていた右の手を開いた。

「何だろう、これ?」

そこには何の変哲もない輪ゴムが握られていた。

「こんなの握った覚えないよ。さっきまでこんなの持ってなかったのに」

そこで、霊感のあるNさんはふと思い当たった。

「もしかしたら子供が持たせてくれたのかも。お守り代わりに手首にでもつけといたら?」

Nさんが提案すると、Aさんもゆっくりと頷いた。

「そうかも……。今思い出したけど、お婆ちゃんも似たような体験があるんだって」

するとAさんは、Aさんの祖母の話を聞かせてくれた。

「わたしね、霊的なものの存在が感じられるのは、お婆ちゃんが霊能力者だったからみたいなの。お婆ちゃんが龍神様とつながりがあるって話は聞いてたんだけど、不思議な夢を見たことがあるんだって」

Aさんの話によれば、彼女の祖母はこんな体験をしていたという。

「お婆ちゃん、夢の中で菩薩さまのような女性にお会いしたの。その女性が“あなたにこの玉をあげるから”と仰って、水晶のような石を受け取ったんだって。それでね、目が覚めたら手にぎゅっと何か握っていて、開くとそこに、夢の中で見た水晶玉と同じものがあったんだって。その女性が龍神様だったのかは分からないけど……、今そんな話を思い出したよ」

Aさんは輪ゴムを腕に嵌めながら、懐かしそうにそう話してくれた。

(不思議なこともあるものだなあ。子どもも、久しぶりに来てくれて嬉しかったのかもしれないな)


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Nさんはしみじみとそう思ったという。

その後、二人は寺の奥へ続く道を見つけた。

「あれ、もっと奥行けそうだ。行ってみようか」

二人は開けた道を歩いて行った。すると、山の一角を開いたような場所に、屋根のしっかりした奥の院のようなものがあった。

「ねえ、見てあれ……!」

Aさんが声をあげる。そこには左右にそれぞれ八体、正面に一体、それぞれが祠に入った即身成仏があったのだ。正面の一体は金色の着物を着ており、祠も左右のものより1.5倍ほど大きい。左右に在るものは、それぞれ白以外の赤や紫といった色とりどりの着物を着ていた。

「すごい……!」(人間のミイラなんて見たことないぞ……それにこんな間近で……!)

木の格子越し、間近で目にする即身成仏は、古ぼけておらず、埃を被ったり色褪せたりもしていなかった。着物の色や柄もそれぞれ違っており、見応えがあった。

「山口にもこんなところがあったんだ……!」
「私もこんなところ初めて来た。すごいね!」

二人は口々に言い合い、一時間ほどじっくりと見物した後、家に帰ったという。




それから二人は“即身成仏を見た”という話を友人たちに熱っぽく話して回った。

(また、あの即身成仏を見に行きたいな……)

Nさんはそう思っていたが、家から十五分程度の距離ながら、いつでも行けるとなかなか足が伸びずにいた。

それから二年が経ち、別の友人から声が掛かって、その寺に出かけることになった。

「あの寺には即身成仏があってさ……俺も久々に見たいと思っていたんだ」

Nさんはそう言いながら、友人と寺を訪れた。

「あれ……?」

だが奥へと続く道は、いくら探しても見当たらなかった。辺りは林ばかりである。

「おい、その即身成仏ってのはどこにあるんだ?」
「いや、確かにこの辺りだと思ったんだけど……」
(おかしい、二年でこんなに変わるなんて……!)

林を切って道を作ることは出来ても、林をつくる、ということはたった二年では不可能だ。その後しばらく道を探したが、結局その日、奥へ続く道を見つけることは出来なかった。


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不思議に思ったNさんは、後日、山口市内の図書館を訪れた。勿論、あの寺の即身成仏について調べるためだ。

(あの寺にあったものを、どこかに移したのかもしれない)

すると驚くべきことが判明した。山口には、もとより即身成仏は一体もないという。そして、移動したという記録も見つからなかった。

そして、全国に即身成仏は十七体しかないという。

(じゃあ、あの日俺たちが見たものは……)

Nさんは今でも不思議でならないという。

もしかすると、子を想う母の気持ちが水子に伝わり、二人を奇跡と引き合わせてくれたのかもしれない。

(志月かなで ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

 

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