江戸奇伝 奇病

画像 診断書/異物蚘蟲図

乙酉正月二十八日に友人の堀平尚から預かった奇病の診断書を紹介します。美成織

診断書

蒲野澤村の兵八
・文政六年末の二月頃から体調が悪くなったそうです。
・同七申年五月六日、気が狂ったかの如く、水を12.6~14.4リットル飲みました。
・五月一七日の晩、体中の酷い痛みを訴えるようになりました。
・六月二十日の朝、診断書に描かれている異物が排出されました。

別紙診断書

今年の夏、長期に渡り原因不明の病気で体調を悪くしていた蒲野澤村の者が、診断書に描かれている異物を排出しました。

同年三月一日頃まで、本人は風邪だと思っていたそうですが、妊婦のように腹が大きくなり、へその両脇に痛みを伴う違和感を覚えるようになったので、脇野澤元良杯の鍼治療を試みるために来院されました。

診察を始めると、へその右側の違和感は治まり、へその左下あたりに違和感が移動したようなので、へその左下に鍼を4~5本突き刺したのですが、患者が苦しみ出したために鍼を抜きました。すると、違和感が背中の方へ移動したということなので、他の先生方に意見を伺うことにしました。

同年六月十一日(注1)の診察では、へそが突出するほど腹が張っていました。

同年同月二十日七時のことです、患者のへそが右側に裂けて、濁酒色の水くらげのようなものと、卵のふわふわのようなものも加えて1.8リットルほどの異物を排出しました。翌日は5.4~7.2リットル、翌々日は3.6リットル排出しました。同様の異物を全部で14.4~16.2リットル排出したことになりますが、これで完全に治ったとは言い切れません。

他の先生方に意見を伺い、排出された異物などは可燃しました。

追伸
もう一つ珍しいことがありまして、三上左五兵衛殿が糖尿病治療のために来院されました。

注1:兎園小説では同年八月十一日と記されているが、それでは辻褄が合わないので誤植と判断し、同年六月十一日と修正した。

参考:兎園小説(国会図書館蔵)


画像 続瘍科秘録1


画像 続瘍科秘録2




あとがき

蚘蟲(カイチュウ)とは寄生虫のことであるが、殖孤虫と呼ばれる寄生虫による感染症が存在する。

現在、治療法は見つかっておらず、感染すると100%死に至る恐ろしい感染症である。世界で報告された症例はわずかであるが、半数以上は日本からの報告である。殖孤虫の成虫した状態は確認されておらず、人体では成虫になれないと考えられているが、成虫したらどのような生物になるのだろうか?

寄生虫症をもう一つ紹介させて頂くが、日本にはかつて、日本住血吸虫とよばれる寄生虫による感染症が存在した。

生体が初めて確認されたのが日本だったので、この名前が付けられた。宮入貝を中間宿主として哺乳類に寄生することが分かり、宮入貝が生息できない環境を造る取り組みなどが行われ、日本では日本住血吸虫症の撲滅に成功した。

ところで、冒頭の診断書に描かれている蚘蟲であるが、寄生虫というよりは、哺乳類や爬虫類と呼ぶに相応しい生物に見受けられる。

そして、診断書の内容からは、宿主の体内で成長すると、宿主の腹を突き破って体外へ出てくる生物であると考察できる。また、異物を吐き出した後の兵八の容態については、記録がないので分からない。

追伸

槌の子は日本に生息していると言われる未確認生物であるが、多くの歴史書などから江戸時代の頃までは頻繁に目撃されていた生物であることが伺える。もしかしたら、槌の子は宿主の体内で成長し、宿主の体を突き破って出てきた蚘蟲の類ではないだろうか?


画像 信濃奇勝録


画像 今昔画図続百鬼/野槌/鳥山石燕

参考:【国会図書館D/和漢三才図会/続瘍科秘録/信濃奇勝録】ウィキペディア

(前世滝沢馬琴 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

 

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