『平将門の呪い』の結界(後編)

≪前編から続く≫

本物は一体誰なのだ。どうやったら見破れるのか。藤太のあせりはピークに達した。その時、ひとつの妙案が浮かんだ。自分の妹である「桔梗の前」を将門に間者として送り込む事であった。

こうして「桔梗の前」は将門に取り入り、側室となった。そして注意深く観察し、「コメカミが動くのが本物である」と見破ったのである。それを聞いた藤太は狂喜乱舞した。

そして見事、将門を打ち破ったのである(異説では藤太と桔梗前は兄弟でなく、ただ単に将門の愛妾・桔梗前が藤太に惚れてしまい、秘密を漏らしたというものもある。また桔梗前は将門の愛妾ではなく、母親であるという説もある)。

しかし「桔梗の前」はくやんでいた。例え兄の為と言えども、自分の夫を売ったのである。そしていつしか彼女は将門を愛していたのだ。悲観した桔梗の前は、現在の船橋市天沼公園付近に御堂を構え将門の菩提を供養した。そして最後は船橋の浦(現在の船橋港)に身投げしてしまったという。その後、桔梗前の怨霊は巨大な鮫となり、漁師たちを襲ったと伝えられている。




結局、将門は悲惨で藤太の放った矢がコメカミに当たり、落命してしまうのだ。つまり、コメカミが将門の弱点であり、影武者との見分け方であった。なおコメカミとは古来より日本では大切な部分とされてきた。何故なら、米を噛む時に動く部分であるから「コメカミ」という言霊を当てられたという。さらに神道的解釈をすると神がそこにいるとされたのだ。つまり将門の弱点にはあまりにも相応しい部分である。

このように魔物でありながら、男気と合理主義を併せ持つ不思議な「怪人・俵藤太」にかかれば、ひどく純粋な「魔王・将門」が討ち取られたのもいたしかたないかもしれない。

こうして、将門は永い眠りにつくのだが、将門の呪いを霊的に利用しようとする存在が出現する。徳川家康配下の怪僧・天海であった。この男は明智光秀の後年の姿とも言われている。幕府内部で秀忠一派や、崇伝との闘争を繰り広げながら次第に力をつけた天海は、将門の御霊を徳川幕府の霊的な守護にする事に成功した。

構造を説明すると、中心の徳川幕府を軸に、鬼門に将門の首塚、裏鬼門に頼朝の首塚、北西の天門を服部半蔵、北側を家康の魂の眠る日光東照宮によって守護させた。なお将門の首塚の延長線上には、将門の胴塚がある。




ちなみに胴塚のある茨城県は今も帝都にとって忠実な下僕となっている。原子力発電所という現代の鬼も茨城県に配置されている点でもそうであろう。また関東初のエイズ感染者、鳥インフルエンザも茨城で発生している。病魔や災害の魔力は、いまも鬼門から東京を狙っているのだ。

この天海の策略は当たった。将門、頼朝に守られ、徳川幕府は実質社会でも、霊の世界でも確固たる地盤を構築する事に成功した。そして家康が死去する。天海は家康の御霊さえもレイラインに組み込んだ。北の守護を家康の御霊によって実地したのだ。つまり、日光東照宮である。こうして、将門の呪いは現在でも日本の首都防衛に役立っているのだ。

千葉県において、「八幡の藪知らず」が将門の伝説地として知られているが、ここは将門の本陣の死門(仙道で言う鬼門)であるという説がるのだが、あの将門にそっくりな七人の影武者が眠っているという説も根強い。七人の影武者たちは、この21世紀もシステムとして、利用される将門の呪いをどう見ているのであろうか。

(山口敏太郎 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)

※画像©kawa*******mu photo AC

 

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