今や日本のヒーローである陰陽師の話と言えば、大人気作家・夢枕獏作の『瀧夜叉姫』がドラマ化された!(「ドラマスペシャル陰陽師」テレビ朝日)

平将門が呪術によって復活する話であるが、実は裏で将門の娘が瀧夜叉という鬼と化して動いていたのであった。親子そろって昇天した結末であったが、将門は三大怨霊として未だに恐れられており瀧夜叉姫の伝説も言い伝えられている。

将門の乱にて父親を亡くしてしまった五月姫が貴船明神へ丑の刻参りし、荒御霊により妖術を授かり瀧夜叉姫になったと巷で伝説化している。

下総国(関東)へ帰り、蜘蛛丸や夜叉丸などの妖怪達を手下に相馬の城にて反乱を起こした。大宅中将光圀と山城光成らと闘い、陰陽の術によって成敗されたと伝えられている。

『相馬の古内裏』(歌川国芳画)という浮世絵のモデルにもされた。瀧夜叉姫の妖術によって巨大なガイコツが現れる恐ろしい絵である。がしゃどくろという妖怪のルーツになった絵とも言われている。

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実際は将門の三女の如蔵尼と同一人物説があちこちでも伝えられてもいる。あるいは将門の長女、将行(誤記?)の三女、将頼(将門の弟)の娘だったなどという諸説もある。

彼女は非常に美しい女性で求婚してくる者も多かったが、将門の死後にひっそりと尼寺で暮らし病死したという儚い生涯を遂げたとされている。だが地獄道にて地蔵菩薩による救済を受け、蘇生し長生きしたとも言い伝えられている。

瀧夜叉姫と同一人物とは思えない、驚くべき正反対の逸話である。如蔵尼が余生を遂げたと言われている恵日寺(福島県耶麻郡磐梯町)には、瀧夜叉姫と如蔵尼の墓があり「将門の死後に再興を図ったが失敗し出家した」と意味深な言葉が綴られているそうだ。

この寺には将門も帰依しており、山門も彼からの寄進だと言われている。

もう一つの恵日寺(福島県いわき市四倉町)にも瀧夜叉姫のお墓がある。この寺の周辺には、彼女と共に逃げ延びた者の子孫の旧家もあると伝えられている。

他にも東福寺(茨城県つくば市)から、西の方角の畑の中にも瀧夜叉姫(「瀧夜盛姫」と書いて、「たきやもりひめ」とも呼ばれている。)の墓がある。東福寺の西側にあった西福寺(現在は栄公民館)で尼となって余生を過ごしたという説もある。

東福寺の入り口には、瀧夜叉姫の棺に使われていたとされる一枚石が4枚敷かれている。(明治時代に盗掘された石もある。)以前は川の橋桁にもされていたそうだ。

田沢湖(秋田県仙北市)から東の方角にも、瀧夜叉姫の墓と呼ばれる姫塚がある。なんとここでは尼ではなく、5人も子供を産んだ村祖として伝えられている。

中生保内(なかおぼない)神社の地蔵菩薩像は、彼女が守本尊として所持していた像とも言われている。

このようになぜか墓が北関東から東北方面にいくつもあることからして、本当はどこで余生を遂げたのかも実に謎が残る。

瀧夜叉姫には単に悲哀や恨みを持った恐ろしい妖怪としての逸話だけでなく、父親の死の影でひっそりと生き続けた全く違う女性像としても崇められてきたことが以上のことから窺える。

単に将門の娘だからということだけでは説明できないような、存在感や魅力もあったのではないだろうか。そういう意味合いでも彼女の存在は、本当に妖(あやかし)そのものだったのかもしれない。

(ふりーらいたー古都奈 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像 Wikipedia 滝夜叉姫(歌川国芳画)引用

参考サイト
江戸の名所「神田」⑥神田明神2平将門と滝夜叉姫
~平将門にまつわる伝説~
常陽リビング 東福寺の滝夜盛姫伝説-つくば市
朝日新聞DIGITAL 「偉大な女性」守り伝える

 

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