「不死身の特攻兵」が語った「特攻とは何か」

画像『不死身の特攻兵(1) (ヤンマガKCスペシャル)

 戦後七十年を経た今もなお、「特攻」はセンシティブな話題である。特攻を称賛すれば「若者たちを犬死にさせた愚かな行い」 と言われ、特攻を非難すれば「英霊たちの名誉に傷をつける」と言われる。

 しかしこれは、両者とも全体を見ておらず、「特攻で命を落とした勇敢な英霊たち」の勇気と覚悟は称賛されるべきであり、「特攻という愚策を立案し実行させた上層部」の無能と無責任は非難されるべきなのだ。


画像©はなたれ君 photo AC

 二〇一七年に刊行されたベストセラー「不死身の特攻兵」は「九回特攻に出撃して、九回生還した」陸軍パイロット・佐々木友次氏に、脚本家で演出家の鴻上尚史氏が五回にわたってインタビューを行い、それをベースに書き降ろした新書である。

 海軍の神風特攻隊がある程度の戦果を挙げると、陸軍も後に続けと「万朶特攻隊」を組織する。 優秀なパイロットであった佐々木氏は、その第一回の出撃に参加し、戦艦一隻を撃沈(未確認)して……生還した。命令に反し、爆弾を切り離して急降下爆撃を成功させ、生還したのである。




 優秀なパイロットであった佐々木氏には、機体がクッションになって衝撃を和らげる特攻よりも、通常の急降下爆撃の方が効果的であるということが分かっていた。命は惜しくないが、ここで特攻するよりも、生きて戻って何度も出撃すれば、絶対に特攻以上の戦果を挙げられるという自信があった。そこで特攻機を改造し、爆弾を投下できるようにして出撃したのだ。

 しかし陸軍は、すでに佐々木氏の戦果を特攻によるものと発表し、佐々木氏は軍神として死亡したとしていた。生還した佐々木氏は、陸軍にとって頭痛の種となり

「今度こそ確実に死んで来い」

 と言われた二回目の出撃でも、佐々木氏は生還した。佐々木氏の特攻隊としての出撃は九回に及んだが、佐々木氏はあくまで特攻を拒否して生還したのである。

 佐々木氏の存在一つをとってみても

「特攻隊は全員志願者であった」

 と言う通説が疑わしいことがわかる。それどころか、福岡県福岡市には「振武寮」という施設が設けられ、生還した特攻隊員を監禁し、外部との接触を禁じていた。彼らは毎日

「特攻した仲間に恥ずかしくないのか」

 との罵倒を受け、軍人勅諭の書き写しや、反省文を書くことを求められた。生還した者の中に、命惜しさに引き返した者がいなかったとは言わないが、多くはエンジントラブルや敵機の妨害でやむを得ず特攻を断念した者たちである。死ねば軍神だが、生きて戻った者たちには、地獄が待っていたのだ。

 また、志願の実態も、例えば航空兵全員を一列に並べて、

「特攻に志願する者は一歩前へ!」

 と宣言して、全員が一歩前に出るまで立たせておくなど、自分の意思で志願を拒否できるようなものではなかった。

 なぜ日本はこうまでして特攻にこだわったのであろうか。

「日本は熟練パイロットの多くを失っており、未熟なパイロットによる攻撃を成功させるには、特攻しかなかった」(ならばどうして佐々木氏のような熟練パイロットが特攻を強いられたのか?)

 などの理由が挙げられているが、決定的なものはない。この「決定的なものはない」ことこそが、日本人を特攻に駆り立てたものの正体である。それはすなわち「空気」であり「同調圧力」であった。




 鴻上氏は、 日本人の特性は、異民族に蹂躙されたことがなく 、また多くの自然災害にさらされた歴史から出来上がっていったと言う。 農業を中心として成立した社会の中で、一番の問題は「水利」であり、自然災害に協力して対処することであった。このことから強力な「世間」が生まれ、

「世間様に恥ずかしい」
「空気を読め」

 と呼ばれる社会が出来上がっていったのだ。これは

「同調圧力の強力な社会」

 と言い換えてもいい。

 自分の意思よりも空気を重視する社会の中で、兵士たちは特攻を強いられたのである。

 そして、あくまでも「自分の意思」 で特攻したのだから、上官は特攻に責任を取る必要がなかった。終戦直後に自決した大西瀧治郎海軍中将が、わずかな例外である。

 あの敗戦を経ても、空気を重視する日本の文化は変わることがなかった。GHQは日本占領時に「WGIP」 なる洗脳プログラムを日本人に施したという陰謀論が流布されているが、 GHQの占領も日本社会の本質を変えるには至らなかったのである。


画像©こっそり出版 photo AC

 二〇一一年の東日本大震災をきっかけに

「絆」

 という言葉が声高に叫ばれ、日本社会における同調圧力はますます強くなってきたように感じる。オリンピック招致や、今回の新型コロナ流行に関しても

「国民が一致団結して……」

 と、権力が「空気」を利用して、コスト削減に励んでいる。

 日本人はもう一度、自分たちの本質と向き合わなくてはならない。またどこか、おかしな所に連れて行かれる前に。

(すぎた とおる ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

 

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