江戸奇伝 賢女

画像 絵本合邦辻(国会図書館D)

天文学者の高橋作左衛門(息子の通称)とその父である作左衛門(父)は浪花の下級役人でしたが、天文学が発達するにつれて需要が増したので、兼ねて出世することになりました。

作左衛門が浪花に住んでいた頃の話ですが、屋敷に大きな柿の木があったので、毎年秋になると実った柿を売って小遣い稼ぎをしていたそうです。しかし、夜になると柿を盗む若者たちが居たので、一晩中見回りをするなどして警戒していました。

ある日、作左衛門(息子)が仕事から帰ってくると、屋敷の大きな柿の木が根元から切り倒されていました。

これはどうしたことかと驚いて慌てていると、作左衛門(息子)の妻から騎虎の勢いで「その大木は、私が切り倒させたのです。どうしてだと思うか質問なさい。それは、あなたには天文学で牙城を築く才能があるにも関わらず、日が暮れると屋根に登って深夜を過ぎるまで大空を眺めてばかりです。その上に、柿の木に気を取られているようでは身も蓋もありません。ですから、柿の木が無ければ本業に専念できると思い、私が柿の木を切り倒させたのです」と騎虎の勢いで怒鳴られたそうです。

高橋作左衛門「私は母を亡くしてから妻を迎えたのですが、昔の母にも劣らぬ気が強くて賢い女性だなと思いました。かなしきともかなしきことならずや」

文政八年二月初八
輪 池

注 :画像はイメージです
参考:兎園小説(国会図書館蔵)




あとがき


伊能忠敬:東と西の日本地図(国会図書館D)

文中の高橋作左衛門は高橋景保として広く知られ、新訂万国全図を制作するなど測量をも手掛け、伊能忠敬の全国測量事業を監督していましたが、日本地図が完成する前に忠敬は死亡してしまったので、その後は高橋作左衛門が中心になって大日本沿海輿地全図を完成させました。


画像 Wikipedia シーボルト




高橋作左衛門はオランダ商館付医師のシーボルトに、国外持ち出し禁止とされていた大日本沿海輿地全図の縮図を渡しており、シーボルトが帰国するときにその縮図が見つかってしまい、高橋作左衛門は投獄されて獄死しました。その後、死体は塩漬けにして保管されることになり、その後に見せしめとして死体は斬首されました。(シーボルト事件)

文中の父である作左衛門は高橋至時のことで、伊能忠敬の師匠としても有名な人物です。因みに、東京都上野の源空寺にある高橋至時(作左衛門)・伊能忠敬・高橋景保(高橋作左衛門)の墓はそれぞれ国の史跡に指定されています。

現代よりも男尊女卑の概念が強かった江戸時代に、夫が大切にしていた大きな柿の木が、妻の独断で切り倒されていたという出来事は、当時の人々に大きな衝撃を与えたことでしょう。

また、文末の「かなしきともかなしきことならずや(かなしいけれどもかなしいことはない)」の一文からは、高橋景保(高橋作左衛門)が運命的で不思議な廻り会わせに思いを巡らせていたことが伝わってきます。

話は逸れますが、筆者が子供の頃、童謡シャボン玉の歌詞の一節「しゃぼんだまとんだやねまでとんだ」の内容を「しゃぼん玉と一緒に屋根も飛んだ」と勘違いをしている小さな子供が意外と多いことを近所の友人から教わってから程なくして、隣の家の屋根が丸ごと台風で何処かに飛ばされてしまうという出来事があり、筆者と友人は台風一過の早朝から近所の人たちと一緒に飛ばされてしまった屋根を探しに行ったのですが、筆者と友人は屋根を探している間、シャボン玉の歌詞のことを思い出してしまい、可笑しいけれども笑えなかった、苦い思い出があります。

台風は事前に勢力や進路などの情報を把握して対策を講じることにより、被害を減少させることができると思いますので、対策マニュアルなどを参照しておくに越したことはないでしょう。

(前世滝沢馬琴 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

参考:兎園小説(国会図書館蔵)・国会図書館D・ウィキペディア

 

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