実は稲荷がキリストだった!?

全国津々浦々で祀られている稲荷神であるが、狐の姿をした神様をイメージする方が多いであろう。稲荷神と同神と言われる宇迦之御霊神(うかのみたまのかみ)の別名である、御饌津神(みけつかみ)に「三狐神」と当て字されたからだと言われている。関西で狐は「けつ(ね)」と呼ばれていた。

だがあくまでも狐が仕えているのであって、稲荷神は狐ではない。荼枳尼天(だきにてん)という白狐に乗った天女の姿をした仏教神との習合ともされている。

なぜ「稲荷」という名前なのであろうか。農耕の神様として「稲を荷なう」という字があてられ、稲が成るという意味も込められている。だがこれは後付けである。

元々は「伊奈利」と万葉仮名で書かれていた。現代では外来語にカタカナが使われているが、奈良時代は万葉仮名をあてていた。

これは多胡羊太夫(たごひつじだゆう)(聖徳太子に仕えていた秦氏の一族とも言われている。)という有力者の石槨から発見された、銅板に書かれていた「JNRI」が語源と言われている。「INRI」とも書くが、当時の万葉仮名に「ン」がなかったため「イナリ」になったそうだ。




これはキリストの十字架の罪状書に書かれていた、「ユダヤ人の王ナザレのイエス」という意味の頭文字である。当て字として使われた「伊」は人編と神の杖という意味の「尹」で組み合わせてあるが、聖職者や治める者を意味している。「奈」には高杯に木を乗せて示すという意味がある。この2文字は、イエスと十字架を表していたようだ。

多胡碑の下に十字架も発見されている。「多胡」とは胡人が多いと書くが、胡人とは渡来人のことである。東方キリスト教徒も当時から日本に渡ってきていたのである。稲荷神社を建てた秦氏も同じく東方キリスト教だったと言われている。

稲荷神は豊受大神(とようけのおおかみ)とも同神とされている。「ウケ」は食物を指す古語であるが、ヘブライ語でも食べ物という意味である。

豊受大神は日本最初の神である天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)とも同神である。古来の神道は現代のような多神教ではなく、元は一神教だったのだ。

日本の有名な神々である伊弉諾(いざなぎ)と伊弉冉(いざなみ)は、旧約聖書のアダムとイブがモデルではなかろうか。

稲荷神社には赤い鳥居があるが、これも過越の日に子羊(雄)の血を2本の門柱と鴨居に塗ったという旧約聖書の記述が元でできたと言われている。

さらに平安京は船岡山を頂点とした十字架のような配置に並ぶ各地区が中心にあった。船岡山には「元稲荷」とも言われる義照稲荷神社が建てられている。ちょうど十字架の罪状書に位置されているようだ。

しかもユダヤの聖地であるエルサレムは、「神の平安」という意味なので平安京と同じである。




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以上のことから、三位一体神であるキリストが稲荷神のルーツであった可能性が窺える。大手創業者にはなぜか稲荷信仰が多いそうだ。現代でも御利益を求めて多くの人々が稲荷参拝している。

キリストが数々の奇跡を起こしてきたという逸話も未だに残されているが、果たして稲荷神社の御利益に繋がっているのであろうか。ただし稲荷参拝する際は、しっかりマナーを学んでからにした方が良いであろう。万一狐の祟りがあるかもしれないからである!

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(ふりーらいたー古都奈 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像 Wikipedia INRI『キリストの磔刑』(ディエゴ・ベラスケス画)引用

参考サイト
気になる情報 稲荷神社と呼ばれるようになった理由
神のホームページ 聖徳太子の謎

 

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