【都市伝説】「志村けん」と「数字」の摩訶不思議ジンクス

コメディアンの志村けんさん(2020年3月29日没)が亡くなって2週間あまりが経過した。

志村さんの死に対して、現在も多くの人が悲しんでおり、雑誌やテレビ各局、またはネット媒体に於いても多くの追悼企画などが組まれている。

さて、その志村さんだが、死去した3月29日は、自身が1974年にザ・ドリフターズのメンバーに正式加入した日付であり、奇しくも彼の人生を大きく左右した日でもあった事は既報の通りだが、実は他にも「数字」のジンクスがある。




また志村さんが新型コロナウイルスに感染し、重度の肺炎と診断された2020年3月20日は志村さんの師匠であるドリフのリーダー・いかりや長介さんが、今から16年前の2004年、原発不明頸部リンパ節癌で都内の病院で亡くなった日付でもあった。

師匠が弟子を呼んだ…というわけではないが、いかりやさんの後ろ姿を常に見ていた志村さんだけに、この日付は特別なものだったに違いない。

また、16年という年数も志村さんにとっては縁が深い数字である。

ザ・ドリフターズの代名詞である『8時だョ!全員集合』は1969年から1985年までの16年間放送(志村さんの加入は74年のため実質的な彼の出演歴は11年となる)、さらに2000年代になってからの志村さんの代表作ともいえる『天才!志村どうぶつ園』は2004年4月から放送がはじまり、こちらも16周年を迎えているのだ。

これはあくまで仮説だが、「16」という数字にはドリフにおける志村さんの立ち位置を決定づける数字ではないか、と考える。




ザ・ドリフターズは、志村さんが加入する以前、2名の脱退したメンバーが存在し(※ひとりは入れ替りになった荒井注さん、もうひとりは1965年に脱退した綱木文夫さんという人物で当初は6人構成だった。この前にもザ・ドリフターズのメンバーは複数人いたが、ここではいかりやさんが集めた「新生ドリフ」を指す)、志村さんの前に6名のドリフがいたことなる。

つまりこのことからも、「1+6」というのは、ドリフにおける追加メンバーである立ち位置を現したものではないかと考えられるのだ。

最後になったが、稀代のスーパースター志村さんのご冥福を心よりお祈りしたい。

(文:穂積昭雪 ミステリーニュースステーション・ATLAS編集部)

画像『ドリフ映画だョ!全員集合

 

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