神社のプロが語る!霊感風水師あーりん「神社の歴史と参拝のマナー」【前編】

日本では古来より自然界のあらゆる物に神や精霊が宿っていると信じられており、なかでも大きな力を持つ神々は、山や巨石、滝、巨木など大きくて奇異なる物に降臨して鎮座すると考えられていたので、古代の人々はそれらの場所を大いなる神がおわす神域として畏怖し崇め奉ってきた。

大物主神が鎮座すると言われる大神神社(奈良県)の三輪山、熊野権現が最初に降臨した場所であり天磐盾(あめのいわたて)であると言われている神倉神社(和歌山県)のゴトビキ岩、大己貴命が降臨した飛瀧神社(和歌山県)の那智御滝、造化三神の一人、高皇産霊神を祭る奈良県の高天彦神社(奈良県)の白雲峰など巨大なものから、天から降って来た石であるという伝説を持つ天河大弁財天社(奈良県)の中にある天石のように小振りながら強い神氣を放つ霊石まで、古代神道の形式を残す神社が今も各地に多数残っている。




神代の時代、山や巨石などの御神体に祈りを捧げる為の祭礼場所には祭祀の度に仮設の供物台や屋根などが置かれていたが、時代が進むに従って天皇や豪族たちが自分たちの祖神や氏神の祭祀、怨霊鎮めなどを日常的に行うようになってからは常設の拝殿や神殿が作られるようになり、建築技術の発展に伴って現在のような神社様式に整ったのである。

6世紀半ばの仏教公伝以降は、比叡山延暦寺と日吉大社の関係のように神社が寺の守護神社となったり、本地垂迹説として日本の神々は如来や菩薩など仏様の化身(権現)であるとされたりするなど、寺と神社が1つの敷地内に混在していたりする神仏習合の時代が続き、神前でも読経を行うなど独自の発展を遂げたが、明治時代の神仏分離で神社と寺が明確に分けられて、現在の様式に至ったのである。




現存する日本最古の神社はどこにあり、どれくらい古いものなのかと言うことには諸説あるが、和銅5年(712年)に編纂された日本最古の歴史書であると言われる古事記にて大国主命が国造りを行った折に、海の向こうからやって来た光り輝く神・大物主神を三輪山の山頂にお祀りして無事に国造りを成し遂げたと記載されていることや、今もなお古代からの形式のままの祭祀方法を伝えていることなどから、奈良県の大神神社が現存する日本最古級の神社の1つであろうと言われている。

そのほか、同じく古事記にて国産み・神産みを行い、妻の伊弉冊尊の死後に黄泉の国から帰還した伊奘諾尊(イザナギノミコト)が淡路島の多賀に幽宮(かくりのみや)を作って余生を過ごして終焉を迎えた屋敷跡かつ御神陵を創祀起源とする兵庫県淡路島の伊奘諾神宮や、火の神である軻遇突智尊(カグツチノミコト)を産んだ折の火傷が元で亡くなった伊奘諾尊の妻の伊弉冊尊の御神陵であり、高さ45メートルの石窟壁を伊弉冊尊の御神体として祭祀を営んできた三重県熊野市にある花窟神社も、養老4年(720 年)に完成した日本書記のなかに記載があることから、日本最古級の神社であると言われている。(後編に続く)

(テキスト&画像©あーりん 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

 

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