【びっくり都市伝説】泥棒が小説を書いていた

明治時代「泥棒作家」と呼ばれた小説家が存在した。

この「泥棒作家」というのは何も、他の小説家から話のネタをパクるという意味の泥棒ではなく、本当に窃盗をして逮捕された小説家がいたのである。

1892年12月20日、神奈川県横浜市でひとりの窃盗犯が逮捕された。彼は堀本貞一という24歳の青年で、職業はなんと小説家だった。

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堀本は「柵山人」というペンネームでいくつかの短編を発表していた人物であり、こ当時有名な作家だった尾崎紅葉や巖谷小波といった作家と親交があったという。

堀本は医者の長男として東京に生まれ、裕福な生活を送っていた。そして青年期には歯科医になる勉強をしていたが、ものにならず親から勘当された後は、以前から興味のあった文学の道へ。

医者になることは叶わなかったものの、文学の世界ではその才能が開花出来たようであり、次第に文壇において名前を知られるようになった。しかし、やはり生活は厳しいため貧しい生活が続いたようである。

そこで堀本は「元手のかからない」商売として泥棒家業を始め、自宅近所の金持ち宅に忍び込むと金品を奪いようになった。そして、味を占めた堀本は徐々に東京および神奈川県を股にかける泥棒となっていった。

しかし、ある日のこと運悪く、盗品の質入れから足が付き、半年後に逮捕されるハメになったという。

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この時、文豪・森鴎外は「あれは小説家が泥棒になったのでない。平常から手癖の悪い男。泥棒が小説を書いて居たのだ」と文壇の仲間に語ったという。

何を思ったのか、堀本は出所後は筆を折った。そして改心したのか、小説家のみならず泥棒もやめてしまったという。なお、その後の消息は不明である。

それから30年以上が経過した1931年、堀本と親交のあった編集者の宮武外骨は彼の才能を惜しみ「彼の親友だった尾崎紅葉と巖谷小波の全集を出版したので」という理由で、「柵山人小説全集」を企画。短編6編153ページの薄い全集ながらも出版されている。

(文:江戸前ライダー ミステリーニュースステーション・ATLAS編集部)

画像©jette55 PIXABAY

 

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