UFO天空脅威(悪魔の交差点・本編) ゾーン109 墓場に記された天空脅威の刻印② (東京都文京区深光寺)

虚ろ舟の蛮女之章

 虚ろ舟の蛮女(国会図書館蔵)

日本諸国の奇談随筆集である兎園小説(編集・滝沢馬琴)で紹介された記事「虚ろ舟の蛮女」は、江戸時代に起きたUFO事件として物議が醸されている。

虚ろ舟の蛮女(あらすじ)

享和三年癸亥(干支)の春、二月二十二日の昼過ぎ頃、常陸の国(茨城県)のはらやどりという浜の沖で、舟のようなものが見られました。その形は香の入れ物のような円形で、直径は約5.5mでした。上部のガラス窓から中を覗き込むと、箱を持った風変りな一人の女が見えたそうです。

すると、一人の古老が言いました「これは、蛮国の王女であろう〈中略〉この言い伝えから考えても、箱の中身はそういった類いでしょう云々」と。

尚、舟内に多く書かれていた△十王△(注1)と似ている蛮字が記録に残っています。それにしても、当時の人が写して伝えたものは、図や説明も大雑把で具体性がなくて残念です。詳しく知っている者がいたら尋ねてみたいところです。

注1: (舟内に多く書かれていた蛮字のような文字)




UFO事件として扱われる理由

記事中に、古老が虚ろ舟の言い伝えを話している一節があるので、馬琴の時代よりも遠い昔の頃から虚ろ舟伝説は存在していたことになる。

そこで、類似した伝説を調べてみたところ、欽明天皇御代(539年~571年)の金色姫伝説や朝日文左衛門の日記(1699年)など、類似或いは同じ出来事を扱ったと思われる記録が複数存在しており、靭舟や空穂舟と表現している記録も見られた。

しかし、ガラスや造船産業の観点から考察すると、馬琴の時代よりも遠い昔に、ガラス窓の付いた空穂(矢を入れる道具)形をした舟が、日本に漂着することは考え難い出来事である。そうした伝説の神秘性から、竹取物語に登場する「飛ぶ車」のように、虚ろ舟も空から降りてきた乗り物ではないだろうかと、多くの人々を惹きつけて止まないのであろう。

舟内文字の秘密

筆者は、舟内に多く書かれていた△十王△(注1)を組み合わせると、馬琴の墓下部に刻印されている庵紋(乾坤一草亭印)の形になることに気が付いたので、庵紋について調べてみたところ、曽我氏や工藤氏の代表的な家紋であること以外の詳細は良く分かられていない代物だった。しかし、詳細が良く分からない紋をわざわざ自分の墓に刻印させるとは考え難いので、少なくとも馬琴は庵紋の詳細を知っていたはずである。






虚ろ舟の蛮女恐察

当時、寛政の改革による学問・風紀政策により、作家の山東京伝や版元の蔦屋重三郎など、馬琴の身近な人物が処罰された背景があったので、処罰されない内容に記事を編集する必要があったはずである。

記事中では【当時の人が写して伝えたものは、図や説明も大雑把で具体性がなくて残念です】と述べられているので、古文書や伝言などを具体的に分かりやすく編集した内容であることが伺えるので、虚ろ舟の蛮女は、本来の情報に創作を交えて大幅に編集した内容であろう。

また、舟内文字を組み合わせると庵紋と一致するので、舟内文字は暗号的要素が含まれた創作文字であり、庵紋と結び付けることで、秘密が分かる仕掛けになっていると考えられる。

そして、同じ出来事を扱ったと思われる記録が複数存在しており、それらの記録を残した人物に、馬琴の良く知る人物が数名含まれているので、幕府の目を掻い潜り、何かを広く伝えようとする集団意識があったのではないだろうか。
 
それでは、舟内文字と庵紋(乾坤一草亭印)を結び付けてみよう。(③へ続く)

墓場に記された天空脅威の刻印① 

(前世滝沢馬琴 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

 

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