前世滝沢馬琴 江戸奇伝シリーズ ひやうし(拍子)考

火の用心を呼び掛けるときに打ち鳴らされることでお馴染みのひやうし木ですが、打ち鳴らす目的で使用される固い木のことを総じて、ひやうし木と呼ばれています。ひやうし木は、火あやうしという意味から派生したと思われがちです。

藤原定家卿の鷹三百首【武蔵野の駒に付けつつ引く縄の打ちならびたる狛犬かな】という歌の注意書きに『乗馬するときは、くつわの音が高いと鳥を寄せ付けないので、ひやうし木を充てて乗る云々』と記されていたので、ひやうし木について調べてみたのですが、ひやうし木は関東の方言で、地域によって呼び方は異なるようです。


①鷹三百首(国会図書館D)②鷹三百首(国会図書館D)




ですから、南留別志五に記されている『火の用心を呼びかけるときに打ち鳴らす木のことを、ひやうし木(拍子木)と呼ぶのは火あやうしから派生した』というのは信じ難いのです。 

本朝文粋には、ひやうし木と火危木は同じであると記され、夜行翁と和名鈔には[和名、火アヤフシ]と記されているのですが、いずれも信じ難いということになります。ひやうし木は、後世文字が普及してから充てられた俗語と考えられるのですが、ひやうし木と呼ばれるようになった理由を調べても、それ以上詳しいことは分からなかったので、今回は筆を置くことにします。

参考:兎園小説(国会図書館蔵)

あとがき

火の用心を呼びかけるときに拍子木を打ち鳴らす風習は、少なくとも江戸時代から続いており、ひやうし(拍子)木は火あやうしから派生した名称であるという社会通念が存在していたことが伺えます。

著作堂手稿が古文書などを調べてみたところ、ひやうし木が火あやうしから派生したというのは誤りでありますが、結局のところは詳細不明であったという内容です。

現在では主に、拍子を取る際に使用される、打ち鳴らす固い木のことを拍子木と呼んでいますが、拍子を取るから拍子木と呼ばれるようになったというよりは、派生理由が良く分からないまま、なんとなく拍子木と呼ばれるようになった代物であると思われます。




火事と喧嘩は江戸の華という有名なことわざがあるように、江戸時代における江戸の火災は頻繁に発生していました。そして京都では、京都の八割以上が被害を受けた天明の大火(天明8年)と呼ばれる京都史上最大規模の火災が発生しています。

天明の大火にまつわる話でありますが、市中が猛火に襲われたとき、イチョウから水が噴き出して、木の側に身を寄せていた人々を救ったことから、火伏のイチョウと名付けられた京都市指定保存樹が本能寺境内に現存しています。

また、東京都大東区の浅草寺境内には、東京大空襲(昭和20年)で着弾したにも関わらず、現存しているイチョウが御神木として祀られています。


③浅草寺本堂


④浅草寺御神木(空洞と着弾跡が残っているが、季節になると見事に葉が生い茂るイチョウ)

オーストラリアでは、長期化する山火事によってコアラが絶滅危機に瀕するなどの大規模な被害が出ていますが、空気が乾燥しやすい季節なので、皆さまも火の元には十分に気を付けて頂ければと思います。火の用心マッチ一本火事のもとであります。

参考:案内板、ウィキペディア

(前世滝沢馬琴 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

 

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