FEMA 創設に参加した日本人建築家が『9.11』話に沈黙…

投稿 匿名希望さん

山口敏太郎先生 あけましておめでとうございます。

こちらは、多忙な出張もあったし、不思議実体験のネタも尽きたし、既に忘れている話もあって投稿もできず、本当にご無沙汰してました。

お正月で見たい映画もビデオもなくAMAZON PRIME VIDEOのページを眺めていたら、「9/11:爆破の証拠ー専門家は語る」と無料ビデオがありました。これを見ていて思い出したことがありましたので投稿させていただきます。




私は1998年に妻と結婚し、妻の母(義母)の三人暮らしで、妻の父は、私の結婚の2年前に他界していました。妻と義母は義父の生前、学生時代の交友関係までほとんど聞いてなかったらしく、例えば、平日の午後、家内が玄関チャイムが鳴ったので玄関の扉を開けると、そこには、「北の国から」の作家の倉本聡さんがいらっしゃたそうです。

当時20歳くらいだった家内は、「あっ倉本聡さんがいる!?」と超びっくりしたことがあるそうです。地方公演で来られた折にわざわざ3回忌にお参りに来られた倉本さんが、亡き父と小学校からご学友だったと言うことを家内も母もその時、初めて知ったそうです。

そして、2006年頃のある日の日曜日、また義父の同級生だったという男性の来客がありました。

その人は、仏壇にお参りをされた後、せっかくなので応接間で歓談ということになりました。家内の義母も初めて会ったと言ってました。

私は、その方に義父とは、「いつの学友だったのですか」と聞くと小学校時代からで東京大学時代でも一緒だっと言われました。そして今は建築家だと聞きました。確かに名刺を頂いたのですが、家のリフォームで無くしてしまい名前を覚えていません。すいません。

ただその世界で有名な方だっとような気がします。その当時、我が家の裏は、大手ゼネコンが、12階のマンションの基礎の鉄骨を組んでいて、知りたがりの私は、「大きな地震がきたらこのマンションこちらに倒れたりしますか?」とド素人な質問をすると、真面目に「奥方向にはちょっと鉄骨の本数が少ないけど、基礎は、岩盤まで行ってるだろうし今の基準は満たしてるので大丈夫です。」と言われました。

建築の話になり、「中国の建築は安全基準が低い」とか、「今だに竹の足場組んでるところもある」とか、「本来鉄骨である部分が竹なんてこともある」とか言われました。

また天安門事件の時には、中国に出張していて「なぜか近くのビジネスホテルが、突然2棟崩壊して、自分が泊まっていたホテルは崩れなくて良かった」とか、「こんな事件もあの国では、全く報道されないんだよね」とか言われてました。




話は盛り上がり、その人のアメリカ赴任時代の話になり、1979年にアメリカがFEMA(アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁)を創設する時、日本人で唯一、建築、火災、災害、防災の専門家として助言し創立を押し進めたとか伺い、私は、ここで初めてすごい人なんだと気づいたのですが、知りたがりで意地悪な私は、「突然、9.11って捏造テロですよね?」と聞いてみました。

すると、「ツインタワーは、鉄骨が燃焼した熱で鉄骨の強度が下がり変形して崩落したのが原因」と言われました。続けて私は「でも高層ビル火災で崩落したビルは世界で1件もないですよね?」「航空燃料のケロシンは、灯油に近い物質で約1500度程度でテルミットみたいに高温にならないのに」と文系素人ながらネットで知ってた質問をぶつけると、「熱で変形したとしか考えられない」と答えたので、私は「それじゃあ第7ソロモンビル(ツインタワーの隣のビル)は、無傷だったのになんで自然落下みたいに崩れたのですか?」「まるで制御解体みたいですよね?」と聞くと、「・・・・・・・・」5秒くらい沈黙して、「それでは、そろそろお暇します」とそそくさと帰られました。

その時、よっぽど悪いこと聞いたのかな?と思ったのですが、けど「やっぱりな!」とも思いました。

今になって考えてみると、天安門事件の時になぜ中国にいたのかも不思議ですし、あのFEMAの設立にも参加してたのもびっくりですし、その当時、ネットではFEMAの設立に参加した唯一の日本人で検索できたのですが、今は全く検索に引っかかりません。

今でもあの人物は何者だったのか気になります。

(山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)


 

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