【第一話】身の回りで頻発する怪事、私の家系に何がおきているのか…

投稿 Tさん

はじめてお便り致します。最近YouTubeのアトラスラジオを知りました。色々と初心者です。年齢はおばさんです。どうぞよろしくお願い致します。

少し長文になるかと思いますが、読んで頂けると嬉しいです。

私事で大変恐縮です。これまでの私に何が起きているのかわからずに立ち止まっています。生まれは岩手です。母方の影響だと思うのですが、幼い頃から特定の幽霊を見たり予知夢?を見たり不思議な事が起きています。

あれは何だったのだろう?という気持ちと、家系が潰されていく様な(ヒタヒタと忍び来ている何か)に怖さを感じています。




幼い頃に住んでいた住宅のドアに、いつも腐敗した落ち武者の首の幽霊が浮かび上がっていました。近くに人首(ヒトカベ)という地名(?)もありました。落ち武者は、ほぼ目も肉も腐敗して骸骨化していました。まばらに髪が残り、壊れた朱色(海老茶?)の鎧を着ていたと(感覚的に)感じていました。

私は幼かったので、そこに何故「古い人」がいるのか、何故扉に浮かび上がってくるのか(覗き込んでいる?)、「誰ですか?」と聞いても何故何も言わないのか、いつも不思議に思っていました。母に「あれは誰?」と聞いた事があったのですが、「気にしない」と言って相手にされませんでした。

私にしか見えない骸骨でしたが、扉に浮かび上がっているだけで身体ごと家の中へ入って来なかったので、怖くはありませんでした。引っ越してしまってからはもう見えなくなってしまいました。母に「どうしてこの家にはあの人(落ち武者)が居ないの?」と聞きましたが、答えてもらえませんでした。年齢的には幼稚園の年中さんの頃です。

高校生の時、こたつでうたた寝していると遠くの方から鐘の音が近づいてきました。音は次第に大きくなり、すぐ隣でカーンカーンと鳴らされている状態になりました。あまりのやかましさに何事か?と起き上がろうしましたが身体が動きません。

生まれて初めて金縛りでした。鐘の音は、幼い頃に聞いた母の実家のお寺さんの鐘の音だと思いました。『母の親族に何かがあったかもしれない』と感じた瞬間にスッと身体が動きました。それからひと月もしないうちにやはり母方の叔父や伯母が立て続けに亡くなりました。

そして、遠く離れている筈の私に亡くなる時の様子や会話が夢を通して見えたり聞こえたりしました。とても具体的でした。

私は伯母が亡くなる時の病室の様子を天井から見ていました。三人の影が病室を訪れ、伯母を迎えていました。それから舟に乗ってゆっくりと4人は海へと出て行きました。母は病室で堅く口を結び点滴が落ちていく様をじっと見つめていました。そして舟は見えなくなりました…ここで夢は終わりました。

母が病室で一人付き添いをしている時、伯母は朦朧とした意識で話したそうです。「兄さんと父さん 〇〇ちゃん(旦那さん)が迎えにきた」「(実家の近くの)岸壁に舟がとまっている」母は、「まだ行くな」と言って、涙をこらえ、眠った姉(伯母)の隣で点滴が落ちる様をずっと見つめていたそうです。

母の田舎は昔、船葬墓をしていたといわれており、私の見た岸壁は正に舟を送り出すその土地の風景だと後に母から聞きました。

祖母が亡くなる時は、前夜に「ホーイ ホーイ ホーイ」という呼び声が聞こえました。その声が聞こえてくる方を見ると人の良さそうな影が深々とお辞儀をしている様に感じました。玄関でした。

父と母は偶然、その日に祖母の家を訪ねていたので、祖母のせっかちな別れ際に立ち会う事が出来ました。母は「あの日は影に呼ばれた。実家には寄らずに帰ろうかと思ったけど、どうにも(祖母に会いに)行かなければならない気がして夜道を引き返した。」と言っていました。その呼び声が私の所にも届いたのではないかと思いました。




その他、同じく高校生の時。もう一人の自分が学校から帰宅して、家族と会話して消えた事もありました。家族はしっかりと私の姿も見て声も聞いているのですが。私は学校で部活をしていました。関係はないかもしれませんが、同時期に同じクラスの子が急死しました。

その頃は雑多な予知夢を普通に見ていました。3日以内に起こる些細な場面を夢に見るのです。些細な事以外だと、近親者の死は分かりやすいです。父が亡くなる予知夢も見ました。父は癌を煩って入院しましたが、入院して間もなく、チロルチョコレートが沢山降る世界で、父はにっこりと笑って「あー、なんもかんも楽になった!いろいろとありがとさん!」と言ったのです。

私は母に「2月14日に父ちゃんが逝く」と伝えました。1月の始めの事だったと思います。母は「わかった」と返事をして、それからは一時も父の元を離れませんでした。

2月14日は、朝から凄い牡丹雪が降っていました。私はそれを見て、『今日だ』と確信しました。急いで病院に駆けつけると、父はもう意識が無く。話しを出来る状態になく、それから数時間して「ご臨終です」という医師の言葉の後、延命の処置(酸素マスクや点滴の様なもの)が外されました。

親戚一同は泣き崩れましたが、私にはまだそこに父の意識があった様に感じました。父の意識が映像になって頭に流れ込んでいたので、一生懸命それを伝えようとしました。居合わせた父方の親戚には「何それ?そんなのみえるの?」と嫌がられましたが、私は伝えずにいられませんでした。

その殆どが私の知らない父と母との幸せな記憶だったので…。初めて会った日の事、母への気持ち、母への感謝、自分がどれだけ幸せだったか、もっとやりたかった事、ありがとう、言葉でも音楽でもなく、ただイメージの様なものが問答無用で入り込んで来る感じでした。

<伝えて、伝えて><早く、早く>という思いを感じました。そして、最後は、<寒い。淋しい。一人はこわい(いや?)。寒い。淋しい。一人はいや。寒い。淋しい。一人はいや>、その三語をリピート(残響?)してふっといなくなりました。見えなくなりました。(感じなくなった、それとも軽くなった?)そこでやっと、父は死んだのだと思いました。




父が亡くなる2年前に父方の祖父も亡くなったのですが、この時はとても怖い夢を残しました。無口で真面目な祖父でしたが、死の前一週間は様子が変わり、得体の知れない恐怖を感じている人相になりました。焦燥感を感じました。(上手く言えないです)

その時の夢で、祖父の祖父らしくないこの世への執着を強く感じました。とても恐ろしい形相の祖父、普段の祖父ではない、どす黒く大きい、ふくれた印象の影が「私は一人では行かない。大人2人、子ども1人を連れて行く」と言いました。

これは本当に怖かったので、すぐに母に伝えました。母からは「誰にも言うな」と言われました。それから直ぐに祖父は亡くなり、一週間もしないうちに祖父の弟と、祖父の親友が亡くなりました。「連れていかれた」と思いました。

そして『次は子どもが連れていかれる』、誰なのかが分からなくて不安でした。子どもとは幼い子の事なのか、それとも実子の事なのか気になって仕方ありませんでした。程無くして、私の父が癌を煩うことに。実子である父が連れていかれたのです。

父が亡くなってからは、祖父の夢が恐ろしくて夢を見ない様にしました。私には小さな子どもがいたので、影響するのがとても怖かったのです。感じてはいけないと思ってしまいました。 ※【第二話】に続く

(山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©Hathai PIXABAY


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