【東日本大震災にまつわる不思議な話】神棚を写真撮影したら…… 

投稿 気仙沼市 Oさん

初めましてATLASラジオ興味深く拝聴しております。先日東日本大震災の不思議な話をお聞きし、私の不思議な話(怖くないですが)も聞いて頂けたらと思い、メール致します。

私は気仙沼市在住の主婦です。震災当時は44歳でした。当時の家族構成は舅、姑、主人、二男(小6)と同居、長女、長男は大学生で別居でした。

2011年年始、何故か私は自宅の神棚を写真に収めました。

正月飾りは舅が毎年一人で行っており、姑が少しだけ手を貸すくらいで、神棚は男の仕事と教えられていました。いつも通り、きれいに飾られた神棚を見て私は、これを写真に撮っておかないと来年のお飾りが出来ないと急き立てられ、
色々な角度から何枚もシャッターを押していました。

地震の予知夢を見た




はたして3月11日、運命のあの日がやってきました。我が家は津波で一階が全滅の大規模半壊となり、残念ながら舅姑が自宅とは別の場所で犠牲となりました。

水が引いた後、被災した家に入ると、ぐちゃぐちゃの部屋の中でテーブルの上に置かれたデジカメが置いた時のままの状態でありました。テーブルが水の浮力で浮き、上の物が濡れなかったようでした。

単にその時は「ラッキー♡」位の感覚しか私にはありませんでした。

そして2012年の年越しは喪中のため何もしませんでした。その年の夏、今度は主人がくも膜下出血で倒れ、3か月の入院生活を強いられました。医師から覚悟を促す説明もあり、私は長女と二人、必死に主人に付き添っていました。

入院がひと月ほどたったころ、私はかなり疲弊しており、付添い用の簡易ベッドで娘共々横になり寝入っていました。起きて主人を看てなくてはと、重い身体を起こしたところ、姑が主人のベッドの横に腰掛け、付き添ってくれていました。

「お義母さん、居たんですか。助かります」

思わず大きな声が出ました。姑は私に「休んでて」と言い、長女の毛布を「風邪ひくわよ」とニコニコしながら直し、また主人に付き添ってくれました。




私は「ありがたい」と感謝し、また眠りに入り、ハッとしました。飛び起きて主人のベッド脇の椅子を確認しましたが、そこには誰もいませんでした。疲れ切った身体が見せた夢だとは理解しているのですが、姑が来てくれたと思い涙が止まりませんでした。

御蔭さまで主人はその後順調に回復し、後遺症もなく社会に復帰できました。そしてその年の年末、2年ぶりのお正月飾りを私たち夫婦二人で初めてすることになりました。

そして、「どうしたらいいの?」と二人で喧嘩していた時です。思い出しました。すっかり忘れていたお義父さんが最後に飾った神棚飾りの写真の存在を。デジカメを探し、中から写真を探し、見つけた時に私は舅に逢えたような気がしました。

そしてこれは、最近の話です。

私が5年ほど通っているお互い不思議な話好きの美容師さんとお話をしている時に出てきた話です。その美容師さんの友人の彼氏(50台後半)が霊能力者だそうです。その美容師さんの友人(女性)は震災当時は1週間位前から山(高地)にこもっていたそうです。

その霊能者の彼氏に「山に行け」と言われていたそうです。話を伺えば伺うほど不思議な話だと思います。先日もその美容師さんに「その方がアカシックレコードが読めるか聞いてみて」と私が頼むと、「『あれは読むものじゃないよ』との回答だったよ」ことでした。(悪いものとかの意味ではなく、本を読むとかという意味の”読む”じゃないとか言っていました)

(山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©Sharon McCutcheon PIXABAY


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