前世滝沢馬琴の「日本江戸奇伝シリーズ」その壱 

<はじめに>

当記事に関心をもっていただき誠に有り難うございます。日本江戸奇伝では兎園小説(※)などを参考に、江戸時代より伝えられる奇談・珍談を独自の推量などを交えながら現代風に紹介致します。

ところで、輪廻転生という言葉を聞いたことがありますか?輪廻転生とは人間や動物が亡くなると、その魂が再び生命としてこの世に生まれ変わることを繰り返しているという宗教上の思想です。

古代ローマの歴史家クルティウス・ルフスの『歴史は繰り返す』ということわざは有名ですが、輪廻転生について論じられる多くの文献では『前世と今生は(螺旋を描くように)似ている』と述べられているようです。

江戸時代と現代の共通性を見出しながら、輪廻転生の法則などについて推量して行きたいと思います。小さなお子さまからお年寄りまで、ごゆるりとお楽しみ頂ければ幸いです。

※滝沢馬琴の呼びかけにより、奇談や珍談がまとめられた随筆集(1825年) 




日本江戸奇伝シリーズ 1

今回紹介するのは、娘が驛和田傳兵衛という父に宛てて書いた手紙を参考資料として、身分の低い者が身分の高い者になっていたという奇伝が紹介された記事である。

文政六年の夏の末、駿州沼津驛和田傳兵衛へ

娘より

手紙に思いを遺します。

今から三十年ほど前になりますが、豆州岩地村に狩人の子供で、当時十四歳だった斎藤重藏という者がいました。重藏は兄と一緒に農業をするために家を出て、椎茸を栽培して生活を営んでいました。それから三、四年が過ぎた頃、兄は弟を置いて親元に帰ってしまい、兄はその後、両親と一緒に暮らしていました。

ところで昨年、私の名前宛てに豊後国岡というところから「岩地村に遺された縁がある者なので受け取って下さい。」と、金貨二十五両が届けられました。

私は一切身に覚えがなく、岩地村は豊後国岡からとても離れている地域なので、一体どのような縁がある方なのだろうと不思議に思い、詳しい事情を聴いてくるよう飛脚に言づけて、早速返信を書いて届けさせました。無事に返信を届けて戻ってきた飛脚から、金貨の送り主について詳しい話を聞いたところ、私との縁が分かって驚きました。

金貨の送り主は、一四歳のときに家を出た重藏でした。三十年ばかり音沙汰がなかった重藏から、手紙だけではなく金貨も送られてくるとは、夢ではないかと思うほど喜びました。

飛脚が預かってきた手紙によると、重蔵は椎茸の栽培方法を人々に教えて歩いていたところを領主さまに気に入られ、領主さまのお抱えになることで毎年七十両の金貨を頂いていることや、岡の岳山というところに大きな家を建て、三百人ほどの職人を抱えて椎茸を栽培し、串に刺して焼いた椎茸を大城に売りに行くなどして、春と秋には二万両余りを稼ぐ身分になったそうです。




今年の五月上旬

重藏は、亦復豊後から私宛てに、岩地村の土地開発の資金として使って下さいと、金貨百両を送って下さいました。岩地村はとても都から離れていて、家も漸く二軒ばかりが建てられた田舎なので、村をあげて重蔵を褒め称えていました。

今年の六月

誠にめでたく素晴らしいことをお伝え致します。重蔵が妻を連れて母に会いに来られまして、氏神へ唐木綿をお供え頂きました。因みに、重藏の親は母だけです。

この手紙に書かれている重蔵という人物は今年で四十三歳になります。山の中にはとても立派な造りの家を構え、三百人あまりの職人を雇い椎茸を栽培しています。

重蔵は阿波国出身の妻を迎え、領主からは苗字を名乗り帯刀することを正式に許可され、駄馬に乗り椎茸栽培の見廻りをしています。

重蔵は身分が低い狩人の子であるにも関わらず、僅か二、三十年で立派な人物になりました。正に、自然の摂理に対抗できる人物と言えます。

海棠庵錄




<あとがき>

きのこから推量する江戸時代と現代の流行の共通性

先ず、娘と重蔵の間柄は腹違いの血縁関係であると思われるが、江戸時代の人々は生涯に何度も名前を変えることは珍しいことではなく、資料が不足しているため詳細は不明である。また、娘と娘の父である沼津驛和田傳兵衛は、連絡が取れない状況にあったので、兎園小説を通じて伝言する試みもあったのではないかと伺えるが、こちらも資料が不足しているため詳細は不明である。

豊後国は大分県周辺の旧国名に該当し、乾燥椎茸と生椎茸は大分県のブランド品とされており、乾燥椎茸の生産量においては大分県が日本一となっている(2019年)。であるから、記事に登場する斎藤重藏という人物は、椎茸栽培を産業と呼べる域まで発展させた最初の人物と考えられるので、貴重な歴史的資料と言えるであろう。

ところで、近年のなめこブームが記憶に新しい読者の方も多いと思われるが、数年前にとある書店で小さい男の子が、一般的なきのこ図鑑を指差しながら「なめこ図鑑、買って、買って」と母親に駄々をこねており、その男の子の母親が「どうしてそんなに、きのこの本が欲しいの?」と困惑している様子を見かけ、なめこが流行している社会現象を不思議だなと思っていたが、江戸時代では兎園小説が刊行されたことにより椎茸が流行したであろうことは容易に想像できるので、輪廻転生の法則で述べられているところの、螺旋を描くように似ているとは、このような歴史の繰り返しのことであろうか?と妙に考えさせられたのである。

(前世滝沢馬琴 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

参考:兎園小説 文政六年夏の末、沼津驛和田氏女児の消息


 

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