日本の結界を巡る霊的攻防

毎夏、蝉の声が聞こえてくると靖国神社に行きたくなる。それは祖国に命を捧げた英霊に対する感謝であり、祖霊に対する供養でもあるのだが、自分にとっての戒めでもある。

言い換えれば、夏の日に靖国の地を踏むことで、己の為すべき事を再確認しているのだ。




日本人であれば、毎年靖国を参拝し、英霊たちに顔向けできる立派な生き方を心に誓うべきである。政治家や財界人、はたまた我々文化人が靖国に参拝すると、『軍国主義だ』『右翼だ!極右だ!』と言われの無い批判を浴びることがある。

何故、日本のために散った御霊に手を合わせるのが批判の対象になるのか。日本が今も国体をどうにか保ているのは誰のおかげなのか。同じ日本人として、明治維新以降、国の礎になった祖父や曾祖父の霊に手を合わせるのが何故いけないのか。アメリカ人が戦没者の墓地に行って、同じアメリカ人から謗りを受けることがあるだろうか。いや世界中の国でこんな歪な構造になっているのは我が国だけである。




この捻れ構造の多くがGHQの日本思想の分断戦略により、生み出された左翼系の気味の悪い連中からの妄言に過ぎないのだが、あまりにも短絡的で思考停止すぎる。

昭和の頃まで、保守系文化人=「馬鹿、知的では無い」、左翼=「素敵なインテリ」という真逆の価値観がまかり通っていたが、もはやどちらが情報操作に踊らされた馬鹿者なのか未成年にすらわかる状態になっている。

左翼の連中がようやく静かになって来た昨今、しつこく靖国参拝に異議を唱える連中が中国・韓国の財界人やマスコミである。明らかに内政干渉であり、政治家が個人的な主義信条で行う参拝に何の問題があるのであろうか。あまりにも不可解な言いがかりに疑問に思っている人も多い。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©山口敏太郎タートルカンパニー


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