酒鬼薔薇事件よりもおぞましい!?物干し竿に幼児をはりつけ、包丁でメッタ刺し!?10歳以下の犯罪!!

画像© Mike Mozart on flickr




1997年(平成9年)5月の早朝、兵庫県のとある中学校の門前で、首から切断された男児の頭部が見つかるという痛ましい事件が起きました。

口を真横に切り裂き、そこに「酒鬼薔薇聖斗」と名前の入った犯行声明文を挟み込むという異常な手口。その後も幼児の連続殺傷事件は続きました。

マスメディアや専門家たちは、犯人像をかなり知能の高い大人の男性であると、推測していました。しかし、実際に逮捕されたのは、まだ未成年の14歳の少年でした。この真相に日本中が愕然としました。

年齢の低さからセンセーショナルな事件として当時を騒がせました。そこから、90年代の少年犯罪が注目されるようになりました。しかし、それ以前からも未成年による殺人事件は多発していたのです。

今回は、戦後の昭和時代に起こったおぞましい少年犯罪をいくつか紹介していきます。



子供による殺人事件

昭和26年、8歳の男児が盲目の叔母を殺害。母親に畑の豆を収穫するよう言いつけられたのが面倒に思います。作業を同居していた叔母に任せます。

しかし、盲目であるためか、なかなか作業は終わりません。イライラした少年は青竹で叔母の頭を数回殴りつけて殺したという身勝手な事件があります。

また昭和29年には、小学1年生の男児が同級生の女児の胸をハサミで刺して殺害する事件が起こります。ハサミを持って廊下を走っていた時、たまたま女児と接触して亡くなった事故とされていました。

しかし、季節は冬で、上着とセーターとシャツなど4枚を刺し貫き、さらに胸に7センチもの深さの傷を与えていたことから、事故にしては不自然であるという見方が出てきました。

小さな子供が、さらに小さな子供を殺害するという事件もあります。昭和35年、7歳と6歳の男児が、2歳の女児を貯水池に落とし殺害したとされる事件です。

女児が這い上がろうとするのを、足蹴にして何度も突き落としての溺死だったとされています。このような残酷な子供たちは昔からいたようです。




あまりに幼すぎた殺人

さらに、子供が乳児を殺害するという信じられない事件も起こりました。昭和32年には、5歳と6歳の男児2人が近所の家に侵入して乳児を殺害します。

眠っていた乳児を縁側まで引きずり出し、庭に落として縄で縛り、さらに数十メートル引きずって溝に落として溺死させたという事件です。

昭和47年、4歳の男児が、近所の家の生後5ヶ月の女児を殺害。女児を抱き上げて階段から下に落とし、さらに家の前の農業用水へ投げ込んで溺死させるという残酷な事件も発生しています。

昭和50年には、5歳、3歳、2歳といった幼い男児が生後間もない女児を殺害。棒で女児の顔や頭を何度も殴り、頭蓋骨を骨折させ、物干し竿にはりつけにした上で、包丁でメッタ刺しにするという残酷な事件が起こりました。

さらによりショッキングな少年犯罪が昭和52年に発生します。2歳の女児が生後2ヶ月の妹の顔をカミソリでズタズタに切り裂き殺害した事件もあります。これが日本で起ったもっとも低年齢による殺害事件とされています。

悪魔の子はどこにでもいる

出典:MattysFlicks

上記で挙げた事件はほんの一部にしか過ぎませんが、子供による殺人事件は酒鬼薔薇事件以前にも頻発していました。もちろん、故意ではなく、本人たちはいたずらに過ぎなかったのかもしれませんが、取り返しはつきません。

こうした事件の背景には、戦後の混とんとした時代背景やテレビ、漫画などの悪影響が原因とも考えられてきました。まるで子供に非がないかのように闇に葬られてきたのです。

確かに時代や、その時々の社会情勢の影響もあったのかもしれません。しかし、明らかにそれとは異なる残虐性をもって人を殺す、悪魔のような子供も存在するのは確かなようです。

どこかで生きている悪魔達

昭和20年代に10歳に満たなかった子供は、現在ではまだ70代から80代の年齢となるでしょう。昭和40年から50年代に10歳に満たなかった子供は、まだ40代と推測できます。

今はもう過去のことなどなかったかのように、どこかの街で普通に暮らしているのかもしれません。せめて私達の近くにいないことを願うばかりです。

参考サイト:
少年犯罪ベースドア
Wikipedia

※上記の記事はRANPOからの転載です。


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