ブルガリア、「ドラキュラ」ゆかりの大砲が発見か…





ブルガリアにて「ドラキュラゆかりの大砲」が発見されて注目を集めている…といってもこのドラキュラは吸血鬼ではない。

そのモデルになったワラキア公ヴラド三世だ。オスマントルコ軍の軍隊や自国の帰属を串刺し刑にした事で知られているヴラド三世は、その刑罰に代表されるエピソードからブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」のモデルともなった。

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なお、「ドラキュラ」は「竜の子(Dracula)」を意味する単語であり、ヴラド三世の父であるヴラド二世が竜を意味する「ドラクル(Dracul)」の二つ名を使っていた。ヴラド三世も父にあやかって「ヴラド・ドラキュラ」と直筆のサインを残している。

さて、15世紀ルーマニアのワラキア領主ヴラド三世が率いていた軍隊との戦いで使用されていたとみられる中世の砲弾や大砲の一部とみられる遺物が、ブルガリアはスヴィシュトフの町で発見された。この町に存在するZishtova要塞の発掘調査を行っていた、ソフィア国立研究所・考古学博物館のNikolay Ovcharov教授率いる研究チームが報告している。






当時オスマントルコ軍は大砲を用いていたとされている。1461年にヴラド三世は当時オスマントルコ領であったブルガリアに僅かな手勢を連れて急襲、膨大な補給物資を焼き払い、オスマントルコ軍の野営地を夜襲するなど猛攻を加えていた。

Ovcharov教授は、今回発見された大砲が「1461年にあったウラド・ドラキュラによる包囲、そしてジシュトヴァ要塞の征服と関係していることは疑いない」と語っている。

(加藤史規 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©ウィキペディア Full-size portrait of Vlad Țepeș in the “Gallery of Ancestors” of the House of Esterházy, 17th century, Forchtenstein Castle


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