【歴史ミステリー】日本ペルシャ流入論!平家はペルシャ人であった?≪後編≫





≪前編≫より続く)

このように平安時代の日本のキャラクターが、ペルシャとつながっていることが他にもあるのだ。日本の京都を震撼させた妖怪「」は、 複数の動物が合体したキメラの怪物であるが、同様の怪物は中東の妖怪「マンテイゴラ」エジプトの妖怪「スフィンクス」があり、ペルシア人の渡来と同時に妖怪伝説が渡来した可能性はないだろうか。

ペルシャにおいて、王宮や寺院は北北西に20度傾く傾向がある。これをペルシア人は「聖方位」と呼ぶ。またペルシャでは冬至が大晦日で翌日が新年一日目である。この時、「聖方位」に向いた建物からはシリウスが正面に上がってくる。ペルシア人はシリウスを聖なる星として崇めていたのだ。これと同じような建築様式が日本の各地の建物で見ることができる。平家が建立した厳島神社も同様である。




また日本で妙見信仰と呼ばれる北斗七星への信仰は、シルクロードを旅した人々の間でも行われ、ペルシャでも盛んであった。驚くべきことに日本において北斗七星の信仰を広げたのは、平家一族であった。かの平将門も北斗七星を信仰していた。

妖怪研究家である山口敏太郎的解釈だが、平家の落ち武者は九州北部や千葉県において河童と比喩された。九州には河童が海外から集団で渡来したという石碑がある。この河童=平家という図式にさらに「=ペルシア人」を加えたらしっくりこないだろうか。

他にもペルシア人が持ち込んだと言う習慣はいくつか見ることができる。平家の幅広の刀はペルシャで使われていたシャムシールという刀とそっくりであり、平家琵琶もペルシャの楽器と酷似している。他にも名乗りを上げて一騎打ちする決闘のやり方はペルシャにルーツがある。




日本語とペルシア語も似ている。例えば動詞が最後になる文法や、尊敬語・謙譲語が存在することも同じだ。また、年末に大掃除をして、年の最初に年始回りをすることや、年少者にお年玉を与えることも全く日本と同じである。また、十二支も辰がくじらに入れ替わっているだけで、日本とペルシャは同じである。いかがであろうかペルシャは思ったよりも日本と共通点の多い国であるのだ。

源氏と平家が対立した時、都から落ち延びた平家一族はおよそ7千人、だが壇ノ浦ではなぜか兵力が1万5千人に増加している。地方の豪族に見捨てられ援軍をよこしてもらえず、一ノ谷・屋島などで惨敗しているにもかかわらず、倍以上に増えていることが不可解だ。海外に展開するペルシャ系の海洋民族が傭兵として合流した可能性があり得る。壇ノ浦でも敗れたペルシア人=平家一族は海外に逃亡したのではないか。

やはり、平安時代の日本にはペルシア人が多く渡来し、日本の文化に深い影響を与えてきたと思えるのだ。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©Mohammad Javad Naderi PIXABAY


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