【陰謀説】不良に殴られた?毒殺された?尾崎豊、死の真相





27年前の1992年4月25日、ミュージシャンの尾崎豊が亡くなった。

その死因は定かではなく、恨みを持った何者かに毒殺されたという説、覚せい剤など違法薬物摂取による肺水腫説、足立区の有名な不良グループに殴られたことによる脳内の損傷説など様々な説が唱えられた。死後、尾崎の体内からは致死量の2.64倍のメタンフェタミンが検出されたのは事実である。

筆者はこのニュースを会津に向かう車内のラジオで聴いた。ちょうど白虎隊の取材に行く途中であり、酷く驚いた事を憶えている。




事件が発生する直前、尾崎は妻と一緒に都内のイベントに出席していた。イベント終了後、妻はホテルに帰ったが、尾崎は友人と当時芝浦にあったバー「O’BAR」で痛飲していたという。深夜2時、友人と別れタクシーに乗り込んだ尾崎は二時間後、深夜4時に足立区の民家の庭先で発見される。この時、尾崎は裸体で仰向けで苦しんでいたいたという。この民家は自宅から歩ける距離であった。因みにこの時に撮影された写真があるという話があるが、筆者は未見である。

民家の住民により、警察と救急車が呼ばれ、尾崎は緊急病院に搬送された。この時の尾崎の様子を撮影した写真が週刊誌の「フライデー」に掲載されたが、目が腫れあがっており、何者かに殴打されたのではないかと推測された。その後、点滴を受けただけで妻と共に自宅に帰った尾崎だが、3時間後の11時過ぎに呼吸が止まり、日本医科大学付属病院へ救急搬送されたものの、残念ながら午後12時6分に死亡が確認された。

ここで問題になってくるのが、深夜2時から4時の空白の二時間に何があったのかという部分だ。




タクシーの運転手と口論になり、千住大橋の交番に行き、その後、徒歩で自宅に向かって歩いたと言われている。その時、何があったのか。足立区でも当時有名だった不良グループが尾崎にオヤジ狩りを仕掛けたとか、尾崎に恨みを持つ人物がイベントやバーで薬物を盛ったとか様々な噂が流れたが、真相は未だ不明なままだ。10万人を超える再捜査の嘆願署名を無視した警察に対する不信感も未だに拭えていない。

泥酔時における有名人の事故は様々な陰謀説や都市伝説を生む。桂三木助が謎の発光体と接触した事件、横山やすしが何者かに暴行された事件、これらも同じく謎に包まれている。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像『Pen(ペン) 2019年 5/1・15 号[尾崎 豊、アイラブユー]


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