マイナス30度での奇跡!44歳のパイロット、氷の中から1ヶ月ぶりに発見!





1972年(昭和47年)12月11日の朝日新聞の記事に「操縦士 奇跡の生還」という海外で発生した事件が報道されている。

これはカナダの極寒地帯で同年11月8日から行方不明になっていた軽飛行機(ビーチクラフト社製)が1ヶ月ぶりに発見され、搭乗していたパイロットが31日ぶりに救出されたという事件である。

記事によると、11月8日、この航空機はこの盲腸炎の疑いのある少年と早産の婦人、そして看護師の3人を載せて、離島であるカナダのビクトリア島ケンブリッジからカナダ中心部でノースウエスト準州の州都であるイエローナイフまでおよそ500キロの搬送を行っていた。しかし、飛行途中でこの航空機は突然消息を絶ってしまい、パイロットを含む搭乗員4名も行方不明となってしまった。

ビクトリア島からイエローナイフに至る道中はこの時、既に冬季であり、最低気温は氷点下30~40度にもなる極寒の地だった。すぐに救急隊が派遣されたが、一日の日照時間がわずか4時間で、しかも吹雪という悪条件も重なり、思うように捜索作業が進まず、「救出は絶望」判断されて10日後には捜査を打ち切ってしまった。




しかし、それから20日後、カナダ軍機がイエローナイフから約300キロ離れたグレートベア湖にて故障機から発されるビーコンをキャッチ。墜落機の脇で焚き火をしている人間を発見したのだ。

生存者はこの航空機のパイロット、マーティン・ハートウェル氏(当時44歳)の一名だけで、他の乗客は飛行機の墜落後、寒さにより全員死亡してしまったという。

グレートベア湖付近の12月の気温はマイナス20度~30度、さらにはマイナス40度も記録する紛れもない極寒地帯である。しかし、このパイロットは凍傷を負ってはいたがとても元気で、手当した医師も「まさに奇跡だ」と驚きを隠せなかったという。

なお、看護師と早産の女性(と腹の中にいた赤ん坊)は航空機の墜落後、すぐに亡くなってしまったが、盲腸炎の少年は痛みに耐えながらも23日間は生きていたが、24日目に静かに息を引き取ったという。




航空機にはマッチと5人分の寝袋、5名分の6日間の食料などが積んであったものの、当然生き延びたそこまでの日数には足りず、パイロットひとりでも生き残ったのはまさに奇跡であった。

マイナス30度~40度というと日本では、210名中199人が死亡した八甲田雪中行軍遭難事件(1902年)とほぼ同じ(マイナス38度~41度)である。八甲田山事件は多くの小説や映画でも書かれている通り、30時間後には発狂者が続出するなど、この世のものとは思えぬ地獄のような光景になるという。

このパイロットだけが行き残った理由はわからないが、人知及ばぬ「隠れた力」がなし得た奇跡だったのかもしれない。なお、ハートウェル氏はその後、88歳まで長生きし、2013年に亡くなっている。

(文:江戸前ライダー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©CBC NEWS


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