かつて日本に存在した呪術師と組織 呪禁師と呪禁師





 人間の持つ様々な感情の中でもネガティブな感情は強いものがある。怒り、憎しみ、悲しみ、中でも、”人を呪う感情”は凄まじいの一言に尽きる。

 人間の呪う力は、人間の感情の中でも破壊力が最も強いものであり、その呪いにより、数々の怪事件や心霊現象、オカルト現象が引き起こされることすらあるとされている。

 所謂藁人形に五寸釘を打ち付ける「丑の刻参り」をはじめ、様々な呪法や呪術が昔から伝わっているが、これらの呪法は奈良時代に成立した「呪禁道」にルーツがあると言われている。




 呪禁(じゅごん)とは、道教に由来するものであり、文や太刀・杖刀を用いて邪気・獣類を制圧し、身体を固めて様々な害を退けるとされていた。

 そのため、古代においては病気治療の手段の一つと考えられており、宮中に設けられた医療関係者の養成機関であり薬園管理部門である「典薬寮」という部署には呪禁を用いる呪禁博士も在籍していたという。

 病に対向する手段が少ない古代ゆえに呪術的側面の強い部署が成立したものと見られている。




 だが、呪禁博士および呪禁師は後に衰退していくこととなる。呪禁師の用いる方法の中には厭魅蠱毒の術があったのだが、これを用いた事件が宮中で発生する。

 例えば769年に県犬養姉女らが不破内親王の命で蠱毒を行った罪によって流罪となったことなどが『続日本紀』に記されており、呪禁そのものが危険視されるようになったのに加え、陰陽道の台頭によって呪禁は衰退していったようだ。

(山口敏太郎/田中尚 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

イメージ画像©PIXABAY

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