光に導かれるが如く光触寺へ【その壱】「塩嘗地蔵(しおなめじぞう)」





以前、「一遍上人の墓は兵庫県神戸市の真光寺にあり、滝沢馬琴の墓は東京都文京区の深光寺にある。

そして、雲運と運慶の繋がりから神奈川県鎌倉市にある光触寺を調べてみたところ、開基が一遍上人になっているので光に導かれてみようと思う。」と執筆させて頂いた後に、光触寺に参拝してきたので紹介させて頂こう。

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鎌倉駅からバスに乗り、降りたバス停から小川のせせらぎと小鳥のさえずり声を聞きながら、約100メートルほど歩いて行くと、光触寺と名付けられた小さな橋があり、その橋のすぐ先に光触寺が見えてきた。




橋を渡り境内に入ってみると、こじんまりとしているが、花が綺麗に手入れされており、妙に居心地が良く旅のちょっとした休憩にはぴったりという印象だった。

お賽銭を投げて参拝を済ませると、休憩中の張り紙が目に入ったので良く読んでみると、御朱印をご希望の方は云々と書いてあったので、せっかくここまで来たのだから御朱印を頂こうと思い、30分ほど境内で休憩することにした。






休憩中に境内を見て回ると、地蔵堂には地蔵が数体祀られていて、その中に一体だけ大きく目立った地蔵が鎮座しており、側にある案内板には塩嘗地蔵の縁起が書かれていた。大きな地蔵は塩嘗地蔵と呼ばれているらしい。

≪塩嘗地蔵≫

【鎌倉時代から江戸時代にかけては、『閻魔大王と同一視されるなどしていた地蔵信仰※①』が盛んで、『むつらの塩売り※②』が鎌倉へ入るときはこの地蔵に『塩をお供え※②』していたのですが、塩売りが帰るころにはお供えしたはずの塩がいつも無くなっているので、この地蔵が舐めたのだろうと考えられ、塩嘗地蔵という名前が付けられました。】

参考:光触寺縁起

※1閻魔大王(裁判官) 地蔵(弁護士)
※2むつら(横浜市金沢方面)から鎌倉に塩が運ばれていたことが分かる貴重な伝記とされているようです。
※3農耕、狩猟、漁業などの生産物である初物をそれぞれ司ると信じられている神に供える習慣、初穂

(前世滝沢馬琴 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

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