先日、ATLASでは放送事故アニメ『俺が好きなのは妹だけど妹じゃない』(通称『いもいも』)のエンディングテロップに登場した謎のスタッフ名「正直困太」について紹介した。

この「正直困太」という名前は、「制作が間に合わなくて正直困った!」という意味が含まれるスタッフの本音メッセージが入ったペンネームではないかといわれていたが、映像業界には古くから諸事情により名前を明かせない場合、あえて偽名を使うという風習がある。

特に有名なのが、アラン・スミシー(Alan Smithee)という監督名である。




これは主にアメリカで、映画の制作中に映画監督が何らかの理由で降板したり、自分の監督作品として責任を負いたくない場合にクレジットされる偽名である。

アラン・スミシーがはじめて映画界に現れたのは、1968年~1969年あたりとされており、注目を集めたのは1969年公開の西部劇、リチャード・ウィドマーク主演の『ガンファイターの最後』であった。

本作は当初、リチャード・トッテンが監督していたのだが、リチャード・ウィドマークとトッテンの間で演出に対する意見が対立したため、トッテンが監督を途中降板。その後、監督はドン・シーゲルに変わったのだが、撮影後にトッテンとシーゲル両者ともにクレジットの登録を拒否したため、映画会社は仕方なく架空の人名である「アラン・スミシー」を監督名とした。




なお、このアラン・スミシーには「The Alias Men」(偽名の人々)の文字を並び替えたものであるという。また、使用には全米監督協会の審査と認定を受ける必要があり、そう簡単には使えないという。

ちなみに、以下のアメリカ映画ではアラン・スミシー名義が監督としてクレジットされている。学生の死体(1981年)、ハリー奪還(1986年)、クライシス2050(1990年)、ハートに火をつけて(1991年)、ハートに火をつけて(1991年)、アラン・スミシー・フィルム(1998年)、美しき家政婦 ウーマン・ウォンテッド(2000年)などである。

また日本でも特撮SF映画『ガンヘッド』(1989年)において監督=アラン・スミシーが使われたことがある。




本来の『ガンヘッド』の監督は原田眞人であるが、アメリカでビデオソフトとして同作が発売される際に、原田がアメリカ人向けに再編集された内容に納得がいかず、自分の名前のクレジットを拒否。そのためアラン・スミシーが使われたという逸話がある。

今回、『いもいも』の劣悪な制作環境から誕生した「正直困太」という架空のスタッフ名……次の世代のアラン・スミシー的存在になるのか、要注目である。

(文:江戸前ライダー ミステリーニュースステーション・ATLAS編集部)

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