西南戦争の後、西郷隆盛の怨霊が大久保利通と川治利良に祟った!?





NHKの大河ドラマ「西郷どん」がいよいよクライマックスを迎える。ドラマがスタートするとき「西郷どんの呪い」が噂されたり、島津久光を演じている青木崇高に不思議なシンクロニシティーが起こったり、ドラマの中で出てきた「肝練り」や「1年のうちに同じ家から死者が2人出た場合、3人目を引っ張る」と言う奇妙な習慣や迷信などが話題となった。

日本の歴史において最後の内戦となった「西南戦争」において敗北し亡くなってしまった西郷隆盛は、御霊信仰の対象となっている。それはアトラスでも記述した「西郷星の風聞」でも明らかである。




西郷が死んだ後、明治期の日本では西郷を描いた錦絵が多数制作された。西郷の幽霊が建白書を持って描かれていたり、西郷の幽霊が川路利良を呪い殺したりしている錦絵だ。

1878年5月14日、西郷を結果的に裏切ってしまった大久保利通が紀尾井町で不平士族によって暗殺されている。馬車から引きずり下ろされ16カ所も刺されて大久保は絶命している。自宅のある麹町から明治天皇のもとに向かう途中での暗殺劇であった。この悲報を聞き及び川路は護衛をつけなかったことをひどく後悔した。




同じく西郷を裏切ったとされる川路も、1879年10月13日にヨーロッパで発病した病気が悪化して死亡してしまう。この2人の悲惨な死に方は「西郷隆盛の呪い」ではないかと当時言われた。

西郷がそのような呪いなどを起こすわけがないと思うのだが、とかく民衆は悲惨な最期を迎えた英雄に対して御霊信仰と言う幻想抱くものなのだ。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像『こげなお人ではなか! 発見された西郷隆盛の写真




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