金属民が生み出した妖怪「一目連」日露戦争に参加!? 2か所に祀られている

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水木しげるの妖怪図鑑を見ていると、暴風雨を引き起こす妖怪として「一目連」が紹介されている。構図としては巨大な目が描かれており、暴風雨の中を逃げ惑う人々が描写されている。この「一目連」は三重県の妖怪であり、三重県では神様として祀られている。

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山口敏太郎の妖怪ツアー 多度大社 一目連

2018年11月24日、長良川おんせん博覧会の企画として行われた「山口敏太郎と行く妖怪ツアー」の一環として「一目連」に会いに行った。祀っている神社としては多度大社が有名だが、まずはもう一箇所の「一目連神社」に参拝した。






この神社は、桑名市西鍋屋町に鎮座しており、地元の人から深い崇拝を受けている。江戸時代初期に、桑名藩主を務めた本多忠勝が鋳物師の広瀬一族を桑名藩に招聘し、広瀬鋳物の工房を西鍋屋町に設けた。それゆえに金属民の崇拝を集めた一目連神社が同地に建立されたと思われる。この辺、別項目で書いた桑名で発見した妖刀・村正の記事と合わせて考えると興味深いと思われる。

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その後参拝したのは、多度大社であった。同大社は多度山を神そのものとしてみなして建立されており、かつては社の裏側に扉があり、開け放つと山を見ることができる構造になっていたという。






本宮には天津彦根命が祀られており、摂社の一目連神社には天目一箇命が祀られている。この天目一箇神(あめのまひとつのかみ)が「一目連」と見なされているのだ。もともと金属民の神であった存在が、海運を利用する目的で海の近くまで降りてきて、やがて農民や漁民の信仰を受けるようになり、だんだんと変容していったのではないかと推測される。農業における雨乞い、漁業や海運における好天への渇望などからか「一目連」の設定を作り上げていった可能性が高い。なお、「一目連」は一つ目の龍神の姿で語られる場合もある。

どちらにしろ「一目連」が一つ目と言う姿で語られる理由は、金属民の影響が強い。民俗学では鉄の民はタタラを踏むことで片足が悪くなり、目で焼けた金属を何度も確認するために片目を痛めやすい。一つ目一本足という山に住む妖怪のビジュアルは、金属民の姿をモデルにしたと言われている。






ちなみに「一目連」を祀る社では決して鍵をかけてはならないと言われている。なぜならば日本に危機が訪れた場合、「一目連」 がすぐに駆けつけられるように鍵をかけてはならないとされたからだ。宮司さんから今回聞いた話によると、日露戦争の時に「一目連」は出撃したらしく、その証拠に「一目連」が 乗るための馬の像には銃弾で撃たれた後が残っていたと言う。

このように戦争に関する妖怪の話は多い。アトラスでも過去に軍人の間で語られた妖怪「空坊主」や空襲から徳島市の人を守った天狗の話 、半魚人のミイラを所持していた老人の話などを掲載している。






現在、多度大社は「一目連」ではなく「上げ馬神事」と言う江戸時代から続く神事で知られている。この行事の時に死んでしまう馬もあることから、一部の人間からは動物虐待と言う理不尽な批判を受けている。

また、ツアー参加者の女性から子供時代、多度大社の近くで捕まえた沢蟹をもって帰ってきてはいけないと、おばあちゃんから言われたと言う情報も寄せられたし、宮司さんからは境内にあるキリシタン灯籠についても説明を受けた。

この「一目連(いちもくれん)」という妖怪名が、障子にたくさんの目が浮き上がる妖怪「目目連」の名称成立に影響与えたとか、最近ではアニメの「地獄少女」のイケメンキャラとして知られている。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

写真©山口敏太郎 

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