榊原郁恵は、元アイドル歌手として活動していた女性タレント。
高校時代、ホリプロが主催する「第1回ホリプロタレントスカウトキャラバン」にて優勝したことで芸能界入り、これがきっかけで堀越高等学校へ転校した。
1976年からCM・映画への出演はしていたが、歌手としては翌年1977年にデビューし、「1億円のシンデレラ」をキャッチフレーズに、高田みづえ、清水由貴子といった同期の女性歌手らと合わせて「フレッシュ三人娘」と呼ばれていた。70年代には、ミッキーマウスの吹き替え声優にキャスティングされたこともある。
デビュー当時はビキニグラビアの撮影も多く舞い込んできたが、当の本人は水着姿が嫌だったと後年に吐露している。スレンダーな体型のアイドルが多い中で、榊原自身はやや肉付きがあった。特に、巨乳だったということもあって巨乳アイドルの先駆けとされることもある。
ただ、そのせいもあって旨のサイズの合う国内ビキニがなく、そのため当時ですらおばさんくさく見えるアメリカ製のビキニを着用せざるを得なかったというエピソードがある。
2022年に死別した夫であるタレントの渡辺徹は、芸能界に入る前は熱狂的な榊原のファンであったことでも知られている。高校時代は、自宅の部屋に唯一貼っていたポスターが榊原のものだったという筋金入りであり、音楽番組「ザ・トップテン」での共演をきっかけに交際が始まったという。
因みに、彼女は2016年にレギュラー放送が終了した『さんまのまんま』の記念すべき第1回ゲスト(1985年4月8日)として登場している。その際、ゴシップ雑誌の突撃取材から逃げてさんまの部屋に逃げ込んでくるという導入が設けられたが、これは榊原と渡辺が付き合っているという巷の話題にかぶせたものである。
のちに、2015年の「さんまのまんま30周年秋SP」では、夫婦そろって出演、なんと夫婦でのテレビ共演は27年ぶりということが明らかとなった。
芸能界に入る以前に彼女と関わりを持つ芸能人は他にもいる。
俳優の唐沢寿明は、かつて榊原のファンクラブに入会していたこともあり、なんと一般公募されていた彼女の「ステージ衣装コンテスト」にも応募していたこともあったという。2008年に放送されたバラエティ『未来創造堂』では、採用された衣装を着た榊原郁恵の写真がアルバムの表紙になったものの、何ももらえなかったという旨のコメントをしていたが、実際に唐沢の応募が採用されたかについては不明である。
柳沢慎吾は、70年代に放送されていた『ぎんざNOW!』の「コメディアン道場」に素人として出演していたが、アイドル時代の榊原と握手をし、「がんばってね」と声を掛けてもらったことがあり、その後コメディアン道場の第20代チャンピオンとなったというエピソードがあるという。
さらに、フォークシンガーの南こうせつの楽曲『夏の少女』は、榊原をイメージして作ったものであるという。一説には、南が「もう一度結婚できるなら郁恵ちゃんと」というような発言もしたことがあるとも言われている。
これらを見ても、アイドル時代の彼女がどれほどに多くの人々を魅了していたかが窺い知れる。
【参考記事・文献】
・https://quizjapan.com/2019/11/26/post-9135/
・https://x.gd/8SjLV
・https://plaza.rakuten.co.jp/narajin/diary/200808300001/
・https://www.daily.co.jp/gossip/2016/09/10/0009474052.shtml
・https://ameblo.jp/tokyocity/entry-10044403061.html
・https://www.oricon.co.jp/news/2059238/full/
・https://dic.pixiv.net/a/%E6%A6%8A%E5%8E%9F%E9%83%81%E6%81%B5
【アトラスニュース関連記事】
渡辺徹・榊原郁恵ファミリーの奇妙な習慣、年末はパンツ一丁で朝ごはん!?
おしどり渡辺徹&榊原郁恵の激烈夫婦ケンカ!理由はオナラ、おかずの鮭!?
【文 ZENMAI】
画像『榊原郁恵 シングルコレクション』
あの昭和の大事件に影響を与えた!?『あしたのジョー』
若槻千夏、赤っ恥!
あの伝説のお色気番組『プレイガール』を昭和天皇が観てた!?
大暴走!大泉洋、共演の長尾謙杜をイジリまくり