【怪人伝説】 出口王仁三郎 (後編)

≪前編より続く≫

また、昭和10年に発生した第二次大本事件は三千人もの検挙者を出す近代宗教史上最悪の弾圧であった。

王仁三郎の後継者とも噂され、類稀なる霊能を発揮していた出口日出麿はこの弾圧中に拘留され、発狂に至っている。出口日出麿の発狂事件は、王仁三郎も残念に思っていたらしく、後年まで心を痛めていたという。

これらの弾圧は、大本が自ら演じた「雛型」であったという説もある。この破滅の型がいずれ日本の国体に起こると予言したのだ。

弾圧事件の審議中、裁判所で王仁三郎は裁判官に向かって「虎の穴に落ちた場合は、どうするか?」という奇妙な質問をしている。

答えに窮する裁判官に向かって王仁三郎はこう言明した。

「抵抗しても逃げてもいかん。虎に食べさせてやる事で愛と誇りが保てる」つまり、王仁三郎は大本を弾圧させることで、日本を破滅の大洗濯(霊的に立て直すこと)に導いたというのだ。

「体主霊従」に染まった日本の国体を破壊し、「霊主体従」に変換する一種の神事であったのかもしれない。

これを裏づけるように、数々のシンクロが起こっている。




大本が弾圧を受けたのは昭和10年12月8日だが、そこからちょうど6年後の昭和16年12月8日、連合艦隊特別特攻隊が真珠湾を攻撃し、大東亜戦争が勃発した。更に、昭和11年4月18日、大本の聖地・綾部と亀岡に設置された大本の施設が完全に破壊される。

だが、やはりこの6年後に雛型が反映された。

昭和17年4月18日、アメリカ軍による本土空爆が行われ、日本が徹底的に破壊されたのである。そして、昭和20年9月8日、第二次大本事件により被告人となっていた王仁三郎は、裁判により無罪を言い渡された。

これもまた6年後にシンクロ現象が起こる。

昭和26年9月8日、サンフランシスコ講和条約が結ばれ、日本が国際社会に復帰が認められ、第二次世界大戦の戦後処理が完結するのである。

昭和17年に王仁三郎は釈放されるのだが、その際「わしが出た日から日本は負けはじめや」と言い放ったという。

王仁三郎の予言通り、その日を境に米軍はガダルカナルに上陸、B29による本土空襲が始まるのである。こうして日本は敗戦の一途を辿るのだ。

また、広島・長崎の原爆投下も予言していたという。




王仁三郎は、1944年に「広島は最後にひどい目にあう。広島在住の者は疎開しなさい」という警告を行っている。この言葉を信じ、助かったものもいたらしい。

この恐るべき予言者・出口王仁三郎とブラジルの予言者・ジュセリーノの一致点を指摘する声がある。

ジュセリーノ友の会の代表で、出口王仁三郎研究会を主催する歯学博士の大作武彦氏の話によると、まず二人が睡眠中に未来のビジョンを見ているという点が共通点としてあげられるという。

寝ながら口述筆記された霊界物語と、ジュセリーノの睡眠中の予言は確かに興味深い一致点である。また、王仁三郎はモンゴルに渡り、日本の霊界とモンゴルとの深い関係を示唆したが、ジュセリーノも日本・モンゴル・ブラジルの霊的な連携を主張している。

また、ジュセリーノは2012年頃から、人類の試練が始まると言っているが、王仁三郎も鼠年(2008年)から十年が正念場と言っているのだ。

更に、大作武彦氏がジュセリーノに出口王仁三郎が神々に扮した姿を撮影した写真を見せたとき、「これは神様の扮装ですね」と即答したというのだ。このような一連のシンクロシティは何を意味しているのだろうか。

(ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)

出口王仁三郎





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