前回、ATLASでは「スーパーマンの呪い」を紹介したが、折しも映画『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』の劇場公開寸前だったこともあり、記者はこの映画の高い興行収益を予想したが、結果はあまり振るわなかったようだ。というよりも、映画の内容があまりに酷すぎて、一部のDCコミックファンやザック・スナイダーファンから怒りを買ったという話も聞こえている。




それはそれで、もしかして別の意味で「スーパーマンの呪い」なのか、それとも「”ベン・アフレックがコミックヒーロー演じては絶対にコケる”の呪い」なのか・・・とにかく、今後もこの映画の続編は作られるらしいが、ジャスティスリーグの描写がくれぐれもジャンクなコミック映画になることは避けてもらいたいものだ。

さて、前回はスーパーマンを演じた俳優たちのその後のキャリアでの”呪い”に関して触れてみたが、今回は1978年制作『スーパーマン』でスーパーマン=クラーク・ケント=カル・エルの父親役を演じた名優マーロン・ブランドとその家族に起きたことを紹介したい。

偉大な俳優、マーロン・ブランドだが、父親のジョー・エル役で主演。制作したワーナーにとって、出演料と収益のパーセンテージを合わせて当時の金額で33億円ものギャラをブランドに支払っても、世界中で大ヒットを記録して600億円以上を稼ぎ出したことを考慮すれば安価な出費だったに違いない。

そのブランドだが、自身の性格がエキセントリック過ぎたこともあり、翌年の『地獄の黙示録』以降は徐々に主演作も減り、すっかり「あの人は今?」になりつつあった1990年に長男のクリスチャンが腹違いの妹、ブランドにとっては長女シャイアンのボーイフレンドを射殺するという、当時のビッグスキャンダルで世間を騒がせている。当時、溺愛していた息子のために裁判に出廷し、涙ながらに自分の息子のことを甘やかしすぎたと語っている。

10年の服役を命じられたクリスチャンだが、模範囚として1996年で出所している。ところが、ボーイフレンドを殺害された妹のシャイアンは、クリスチャンが出所する1年前の1995年に自殺した。マーロン・ブランド自身は若いころからのストレス性の過食症で体重過多となり、2004年に80歳で心不全で亡くなった。そして、その4年後には49歳の若さでクリスチャンが肺炎で死亡した。まるで、ケネディー一族にも起きたような呪縛の連鎖による悲劇のようだった。

(ジュリー・楊 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)

マーロン・ブランド





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