【山口敏太郎のオカルト的社会論その4】創作におけるシンクロニシティ~『スミカスミレ』と『奇妙な彼女』の符号

桐谷美鈴と松坂慶子が出演したテレビ朝日のドラマ『スミカスミレ』が先日終了した。

65歳の女性が20歳に若返って大学生活を送るという奇想天外なドラマであった。かくいう筆者も毎週楽しみに見ていたのだが、このドラマとそっくりな設定の映画『奇妙な彼女』が公開される。これまた老女が若返るというコメディー映画なのだが、韓国映画のリメイク作品だという。

スミカスミレ2となると『スミカスミレ』がパクリなのかと思いきや、『スミカスミレ』の原作となった漫画の方が韓国映画よりも古い。

どちらかに悪意があるとは思わないのだが、似たような物語が同時にリリースされることがまれにある。

例えば、ハリウッド映画で言うとホワイトハウスが、テロリストに占拠され、テロの現場になるという設定の『ホワイトハウスダウン』というパニック映画があっるのだが、この作品と酷似した内容の映画『エンドオブホワイトハウス』がほぼ同じ時期に公開されている。

他にもスウィフトの『ガリバー旅行記』が発表されてから数十年後、鎖国中の日本において平賀源内が『風流志道軒傳』という酷似する旅行記を発表している。

鎖国中といえども長崎経由で『ガリバー旅行記』の情報が入っている可能性があるが、平賀源内が『ガリバー旅行記』を読んでいた形跡がない。スウィフトと平賀源内に似たような話が降りてきたとしか思えない。

筆者も歴史小説や漫画の原作を執筆するのだが、物語がまるで天から降りてくるかのようにスラスラと構成できるときがある。ひょっとする作家というものは宇宙空間に無限に存在する物語の掃きだし口に過ぎないのかもしれない。

物語とは天におわす“モノ”が騙るコトノハなのだ。

文:山口敏太郎

 



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