【都市伝説】永六輔は日本に潜伏していた川島芳子と密会!?

2016年7月7日の七夕の日、タレント・ラジオパーソナリティ・放送作家の永六輔さんが亡くなった。83歳だった。

永さんは46年間続いた「永六輔の誰かとどこかで」「土曜ワイドラジオTOKYO」など半世紀に渡りラジオレギュラーを勤めたTBSラジオの顔であり、最後のレギュラーである「六輔七転八倒九十分」は番組開始以降、ほとんど休んでいたものの今年6月27日まで担当するなど亡くなる寸前までラジオに出演し続けた。




さて、そんな永さんだが、こんな都市伝説が残っている。それは「川島芳子に最後に会えた日本人は永六輔」というものである。

川島芳子といえば清朝の皇族・第10代粛親王善耆の第十四王女である。

清王朝の復興のためのスパイとして8歳の頃に日本人の養女となり日本で教育を受けて川島芳子となり東洋のマタ=ハリ、男装の麗人とも評されスパイ活動を行った女性である。しかし日本の敗戦後国民政府軍に捕らえられ1948年に中国にて銃殺刑に処されて40歳で死去した悲劇の王女である。

川島芳子は銃殺刑された後、日本と中国で目撃例が相次ぎ「川島芳子生存説」という伝説が伝わっている。

永さんは「これは結構ヤバイ話」と断りながらも、戦後十数年経過し中年となった川島芳子との接触に成功(場所は明らかではない)していたというのである。

永さんの話では川島芳子は旧軍の自衛官と組み、第二の満州事変を計画中だったのだという。

残念ながらこの話に続報はなく川島芳子生存説についての話はいつのまにか終息してしまったのだが、もし永さんの話が本当だったならばこれは歴史を揺るがす大スクープである。




しかし残念ながら、彼女と親交のあった山口淑子(李香蘭)さんも亡くなり、実際に接触していたいう永六輔さんも先日亡くなってしまったため「川島芳子生存説」は本当に伝説となってしまった。

永さんのご冥福をお祈りします。

(北島あいら ミステリニュースステーションアトラス編集部)

川島芳子




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