妖怪・幽霊

実相寺昭雄の万博映画、お化け事件(?)

四国の徳島県、阿南市中林町。

1975年(昭和50年)1月の夜間に、「バケモノが出たー!!」と、真っ青になったアベック(フランス語!)が防風林脇の民家に逃げ込んできた事件があった。

二人が夜間デートで砂浜に向い防風林の中の小道を歩いていると、無気味な声のバケモノが出たとのこと。

しかし、逃げ込まれた田中覚さん宅では、その正体が理解できた。実は、この時期、沖縄国際海洋博覧会(同年7月から開催)の日本政府パビリオン「海洋文化館」で上映する源平合戦の映画の撮影隊が中林海岸で活動していた。撮影期間は1月16日から約一週間だが、その映画に使用する馬が夜間には防風林の中に繋がれていたのである。

ただ、地元民では無いので、臨時の馬小屋のことを知らない男女のカップルには馬の声が化物の声だと解釈されたのだ。

それはさておき、この実相寺昭雄監督の映画『海の道』は、平家物語を扱った謡曲『藤戸』から阿部昭が脚本化したもので、脚本準備稿は『阿部昭集・第十四巻』(1992年=平成4年、岩波書店発行)に所載されている。

上映時間は10分。(出典=『沖縄国際海洋博覧会公式記録・総合編』(1976年=昭和51年、沖縄国際海洋博覧会協会発行)

その物語は次のようなものだ。

『(岡山県倉敷市の)藤戸の沖の小島に逃げ込んだ平家を攻める源氏は、舟が平家に破壊されて渡ることができずに困っている。しかし、源氏の武将佐々木盛綱(俳優=加地健太郎)は、土地の漁師(俳優=津野哲郎)から「馬で島に渡ることのできる浅瀬の道がある」と知る。佐々木は、漁師が他の源氏の武将にも浅瀬を教えることを恐れ漁師を殺してしまう。

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翌日、佐々木は気心の知れた数人の仲間と浅瀬を伝って島に攻め込む。これを見た他の源氏勢も後に続き平家を追い払う。この手柄で出世した佐々木が一年後に、この藤戸を訪ね懐かしい浅瀬を渡っていると、亡霊と化した漁師が現われ佐々木を深みに引きずり込んで殺してしまう…』

という物語だが、世界に日本を紹介する場である国際博覧会で日本政府が政府のパビリオンで怪談映画を常設上映するというのも驚きである。

なお、岡山県の藤戸では開発の為に源平時代の再現が不可能なために、徳島県の中林海岸が撮影場所に選ばれた。一部は高知県東洋町白浜でも撮影されたが、このような怪談映画の撮影中に、先のような実際のお化け事件が起こったというのも、歴史の1ページではあろう。

【表紙写真説明】
中林海岸の防風林。右の青い屋根の位置に馬が当時は繋がれ、小道の奥に写る田中さん宅までアベックは駆けたのだろう。

【文中写真説明】

中林海岸。中央の岩礁の右側海面で、絶命し浮ぶ漁師のカットが真冬に撮影されたと住民は伝える。「実相寺昭雄研究読本」(洋泉社、2014年発行)には『藤戸』の映画名で記載されている。

文:多喜田昌裕