幻のキリスト教王国「プレスター・ジョンのキングダム」





12世紀から17世紀において西欧である噂が流布された。幻のキリスト教王国「プレスター・ジョンの王国(Prester John)」が存在するというものだ。

その王国は東方にあると信じられ、12世紀にドイツの作家オットーが記した『二国年代記』の1145年の条項に見られるのが、初出と推測されているが、元々はシリアの司教の発言から、この記述がなされたと言われている。

その内容は「プレスター・ジョンは、ネストリア派キリスト教徒であり、ペルシャ・アルメニアより東の地に、広大な領地を有する王国を持っている」というものであった。

この噂は後々まで欧州の人々に影響を与え、シルクロードへの旅、大航海時代を呼び込む遠因となった。かのマルコ・ポーロも、プレスター・ジョンの王国があると信じていたとされ、彼の旅の動機のひとつとなった。




当初はインドにあるとイメージされ、その後は中央アジア、モンゴルにあるとされたが否定され、最終的にはエチオピアと推測された。

プレスター・ジョンはキリストの誕生を伝えた東方の三博士の子孫とされ、十字軍の援護のために大軍を出し、イスラム教徒を背後から蹴散らすと考えられた。そのため、西方に遠征してきたモンゴル帝国をプレスター・ジョンの軍勢と勘違いし、当時戦争中であったエジプトから出された停戦申し入れを拒否した十字軍が惨敗するという悲劇も起こっている。

勿論、モンゴル軍は十字軍を助けることはなかった。

1165年頃にはプレスター・ジョンの手紙と称するものがあちこちに出現した。エチオピア帝国にキリスト教国(コプト派)があり、1306年にエチオピアから30人の使節が欧州を訪問。以降エチオピアの皇帝をプレスター・ジョンと呼ぶ風潮が起きたが、エチオピアは否定している。

また、一部の日ユ同祖論信奉者(日本人とユダヤ人≪古代イスラエル人≫は共通の先祖を持つ兄弟民族であるという説を信じる人々のこと)は、失われた十支族の末裔である日本こそ、プレスター・ジョンの王国であり、神道は古代のユダヤ教が変貌したもので、プレスター・ジョンは神話時代の天皇であると主張している。これは、いささか無理がある仮説である。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©A map of Prester John’s kingdom as Ethiopia

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