『抜け首むすめ』

 むかし、むかし、上方から長崎・熊本の方へ旅をするには、黒崎宿から木屋瀬宿を経て、下境の店屋渡しで彦山川を渡り、赤地を通って赤地渡しで嘉麻川を渡り、勝野に出て飯塚・冷水峠へと行っていた頃のお話です。

 ある夏の真夜中、一人の武士が公用を帯びて木屋瀬宿にも泊まらずに街道である感田の堤防を夜道をかけて南へと急いでおりました。
 堤防の下には一面蓮池が広がり、蓮の葉が波のようにかすかにそよいでいるのが感じられました。



 武士が淡い月光を受けた蓮池の方を見ますと、蓮の葉の上を何か白いものがフワフワと動いているので、目を凝らして見ますと、女のしかも若い美人の首でした。
 豪胆な武士は「怪奇な化け物なり退治してくれん」と刀のつかに手をかけて、なおも首の様子を覗っていますと、首の方も武士の気配を感じて、フワフワと南の方へと逃げ出しました。武士は化け物の正体を見極めようと、首の後を追うことにしました。

 女の首はフワフワと街道の上を逃げて行き、とうとう下境の店屋まで来ますと、渡し場近くのある家の窓からスルリと中にはいってしまいました。武士はさては抜け首かと合点しましたので追うことをやめ、渡しもりに首の模様とそれが入っていった家のことを知らせて、川を渡り旅を急ぎました。




 渡しもりは、知らされたのが三蔵の家と分かりましたのですぐに三蔵夫婦をたたきおこしますと、武士から聞いた話を詳しく伝えました。
 驚いた三蔵がその家の娘が寝ている所に行きますと、娘はウンウンうなされていました。振り動かして起こすと「強い武士に追いつめられてとても恐ろしかった」と話すのでした。

 このことは「店屋の抜け首」と世間に噂されて「さかえ(下境)店屋の三蔵の娘、感田蓮池に夜遊ぶ」という歌にまでなって、明治年代まで歌われていたそうです。
 また娘の墓は下境の光福寺の墓地にあるはずと伝えられていますが、さて今はどうなっていることでしょう。

(山口敏太郎事務所 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©PIXABAY

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