戦後の日本を騒がせた誘拐事件「吉展ちゃん誘拐殺人事件」

 今から約56年前の4月、世間を騒然とさせる事件が起きた。
 4歳の男の子が誘拐され、犯人が身代金を要求してきたという「吉展ちゃん誘拐殺人事件」だ。

 1963年3月31日の夕方、東京都台東区入谷にて事件は起きた。入谷南公園で遊んでいた4歳の男の子が忽然と姿を消した。自宅のすぐ近くで行方不明になったということで、父親からの通報を受けて同日夜から翌日にかけて警察は付近一帯の捜索をはじめた。この時に不審者の目撃証言は得られていたが、直接的な証拠にはつながらなかった。




 4月2日に事態は急展開を迎える。午後4時頃、男児の家に身代金要求の電話がかかってきたのである。金額は50万、受け渡しの場所は新橋駅西口の場外馬券場。指定した場所に金を置くように指示し、金を受け取ってから誘拐された男児を返すとのことであった。すぐさま警察官らが現場を張り込んだが、犯人は現れなかった。その後も何回か交渉する機会があったがいずれも空振りに終わっていた。

 そして4月7日午前1時過ぎ、犯人から「すぐに品川自動車に来い」との電話が入る。指定された場所に金を起き、犯人が受け取ったその1時間後に男児を返すとの言葉だった。午前1時36分、指定された現場に身代金が置かれる。警察が現場に到着したのはその3分後。だが、その数分間で警察は犯人を取り逃がしてしまい、また用意した身代金のナンバーを控えていなかったこともあって証拠もなくなり、やがて捜査は暗礁に乗り上げてしまった。当時のメディアはこの一連の誘拐事件や「犯人取り逃がし」の失態を大々的に取り上げたという。




 犯人の小原保が逮捕されたのは事件発生から2年後の1965年の事であった。以前から容疑者の一人として上がっていたのだが、彼は足に障害があり身代金受け取りの際に身軽に動くことは出来ないだろうと目されて容疑者のリストから外れていたのだ。また、彼は事件当時は3月27日から4月3日にかけて福島の実家の方に帰省していたとも証言していた。だが、彼のアリバイ証言の矛盾に取り調べにあたった刑事が気づき、小原は犯行を自供したのである。

 誘拐された男児は連れ去られて程なくして小原に首を締められて殺害され、誘拐現場近くの寺の墓地に隠されていたのだ。

 後に、男児の遺体は菩提寺で弔われ、同寺には供養のために「吉展地蔵尊」が建立された。

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【1965年7月4日】 吉展ちゃん誘拐事件 男を逮捕 最悪の結末

(田中尚 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

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