事件

日本初の「バラバラ」猟奇殺人事件とは、これだった!!

凄惨な殺人事件は数多いが、日本で初めて「バラバラ殺人」という単語が使われるようになったであろう事件が1932年3月7日に発生した「玉ノ井バラバラ殺人事件」だ。

東京向島の玉ノ井の、地区一帯を囲う「おはぐろどぶ(※遊女の逃亡を防ぐために吉原遊郭の周囲にめぐらした溝)」にハトロン紙に包まれた男性の遺体、三つの部位が浮かんでいるのが発見された。




人を殺害するだけでなく、さらに細切れにするという殺し方は当時の国内では類を見ないものであった。また玉ノ井が遊郭、歓楽街であったこともあり、当時の世相「エロ・グロ・ナンセンス」の典型でもあったこの事件は新聞などの当時のメディアがこぞって取り上げた。

なお、「首と手足バラバラ 男の惨死体現る」とした翌8日付けの朝日新聞の見出しがこの種の殺人事件に対する呼称のはしりとなる。

捜査は被害者すら不明のまま時間が過ぎようとしていたが、同年11月になってある巡査が世話をしたことのある浮浪者に似ていると証言。




男の名は千葉龍太郎、秋田県出身で30代、田畑を売り払って出奔し娘と行動しているとのことであった。そして手配の結果、文京区湯島の長谷川市太郎の住民台帳に同居人として加えられていたことが判明。後に長谷川は千葉を殺害したと自白した。

最初、長谷川は千葉を家に入れたところ次第に家族に暴力を振るうようになったためたまりかねて殺してしまったと証言していたが、実は千葉がありもしない巨額の財産を譲るとチラつかせていたことも原因だったという。

その財産が嘘であったと判明した後に長谷川が千葉を追い出そうとすると、逆に千葉に長谷川が春画を売って生計を立てていることを警察に通報すると言われてしまったため、長谷川の弟と二人で殺害したのである。

(田中尚 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

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