永遠の江戸のシンボル「首塚伝説」

 心霊スポットの噂の場所は多い。

 東京、最大の魔所というと、大手町にある「将門の首塚」である。この首塚は、京都でさらし首にあった将門の首が死後何日経っても腐らず、「体をつないでもう一戦せん」と叫び続け、東京まで飛来し、同地に落下した事から始まる。




 途中静岡で射落とす為、矢を射られたとか様々な伝説があるが、実際は将門ゆかりの人物がさらし首に絶えきれず、関東まで奪い返したものだという。
 その後、首塚が落下された場所に奉られるのだが、合祀されていた神田明神は江戸幕府の鬼門を護る為に移転するのだが、首塚はそのまま残されてしまった。

 何故残されたのか不明であるが、実際には当時にも何らかの祟りがあったのかもしれない。その後「将門の首塚」の祟り伝説は続く。

 関東大震災後、首塚を破壊して庁舎を建てた大蔵省の役人を10数人死傷させたり、戦後は首塚をプールに建て替えようとしたGHQの工事で死傷者を出させた。結局GHQには、「古代の大酋長の墓である」と説明し、どうにか工事は中断に持ち込めた。
 昭和時代に、荒俣宏氏の「帝都物語」で一躍有名になったが、この「帝都物語」の映画撮影中にも、誰も集めてないのに、エキストラが集まったり、奇怪な現象が続いたという。

 また最近では、「首塚だけに、首にならない」からリストラ時代の”くび防止の神様”と言われ、多くのサラリーマンの信仰を得ているそうだ。
 他にも、「将門の首が、京都から飛んで関東にかえって来たから」と地方左遷されたサラリーマンが、東京本社に帰れるように「帰る=かえる」を奉納したりもしている。筆者の取材時にも多くのかえるが鎮座していた。そこまでして東京本社に帰りたいのだろうか。




 実は以前私は、霊能者の友人あーりん女史と同地を訪れた事がある。その時あーりん女史は、「禍々しい祟りの場所ではなく、聖なる場所という感じ」とコメントした。つまり、土地神的な神聖なものがいると察知したのである。

 確かに、霊感の無い私でさえ同地の清涼感は体で感じる事ができる。人々が千年に渡り畏怖した結果、怨霊の呪いも浄化されたという事なのだろうか。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)




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