【実話怪談】「ご・め・ん・な・さ・い」

 Rさんは床に転がる一枚の紙を取り上げた。昔の藁半紙というやつである。
「やだわ、またこの紙が落ちている」
 彼女は不安げに、眉をしかめた。
 ここ数日、同じような紙が気がつくと床に落ちているのだ。Rさんは、まるで汚物を拾い上げるように、その紙をゆっくりと摘み上げる。

「やっぱり、あの言葉が‥」
 震える指で確認する、みみずが這ったような文字でびっしりと綴られている。向こうが透けるような薄い紙に、連続する言葉。

(おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん)

 Rさんは、その紙をくしゃくしゃにすると、ゴミ箱に放り込んだ。




「きっ、気持ちわるい、ぞっとするわ」
 彼女は両手をエプロンに払うように擦り付けながら、文面を読んだことを後悔していた。いったいこの手紙を何度読んだことであろう。読むたびに食べたものが逆流するような不快感が胸の奥に渦巻くのだ。紙自体が持つ異様なオーラと、文面からにじみ出る狂気がなんともいえないハーモニーを醸し出している。

「誰かのいたずらかしら」
 そう言いながら、室内の鍵に目をやる。ほんの二十分ほど、家を開けていただけなのに、誰がこの紙を置いたのか、密室状態なのに、誰が家に侵入できるのか。

「まさか、室内にいるんじゃ」
 Rさんは、乾いた喉で言葉を搾り出した。このように「おかあさん」と繰り返しかかれた紙が気がつくと、落ちているのだ。
――――捨てても、捨てても 落ちているのだ。

 そう言えば、妙に安い物件であった、決して高額とはいえない夫の給料で買えた一戸建てであった。
『中古にしても、安すぎる』彼女の不安は、この家の内部に向けられた。そう言えば、この家には妙な空間があった。押入れや部屋の空間を組み合わせても、辻褄の合わない部分がある。
『階段の下、あそこは部屋でもなんでもない』『まさか、そこに変質者が隠れているのであろうか。いや、何日間も潜めるはずはない』『ならば、秘密の穴でもあるのであろうか』。

「あそこはベニヤを打ち付けていた‥、あの向こうに、きっと」
 彼女はくぎ抜きを手に持つと階段下に向かった。これでベニヤをはがし、謎の空間を確かめてやる。もし、不審者が出てきても、このくぎ抜きで打ち据えてやろう。
「ようし、ここだな」
 女だてらに日曜大工が得意な彼女は、綺麗に張られたクロスをはがし、巧妙にはめ込まれた厚手のベニヤに打ち込まれた釘を全て抜き去る。
『さぁ、何があるのか、楽しみだわ』彼女が口にくぎ抜きを加え、両手でベニヤを動かすと‥。

小さな空間が現れた。二畳ほどの空間。
「うわぁぁぁぁぁ」
 思わずのけぞるRさん。―――――その空間の壁面には、びっしりと文字が描かれている。

(おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん)

「あわわわわわわわわ」
 中腰のまま後ろに下がる彼女。そして、彼女の耳に奇妙な声が響き渡った。
「おかあさん、おかあさん」
 くぐもった子供の声である。
「やめて、やめて、わたしは貴方のおかあさんじゃない」
 耳を塞ぎ、泣き叫ぶ彼女。だが、その子供の声は脳内に直接打ち込まれてくる。




「おかあ・さ・ん‥」
「やめてよ」
 彼女がようやく玄関に這い出たとき、こんな言葉聞こえた。
「ご・め・ん・な・さ・い」

 後でわかったのだが、この家で親の虐待で子供が死亡したらしいのだ。

 子供は今も繰り返す。
「お・か・あ・さ・ん、ご・め・ん・な・さ・い」

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)

※画像 ©写真素材足成

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